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おくどさん

テーマ:よもやま話
2月は教育委員による学校訪問の時期なのですが、先日訪れたびわ北小で、あるクラスの教室後方に、昔の道具や民具などの名前、絵、用途などを書いた掲示物が並んでいました。

その中の一つに「おふど」と書いてあるものがありました。最初「お風呂か?」と思ったのですが、絵や用途を見るとこれはどう見ても「おくどさん」のことだろうなと推測いたしました。

おくどさんってご存知ですよね。昔はここでご飯などを炊いたんですよね。下から薪をくべて大きな釜で炊いたご飯。底におこげができたりね。まさに、初めチョロチョロ中パッパ赤子泣いても蓋取るな、の世界。

ガスや電気の炊飯器が登場してからはすっかり用済みになりましたが、うちは確か水周りを改装した平成8年までは残骸が残っていたと記憶しています。

てことで、授業参観後感想を述べる場で、余計なことかもと思いながら「『おふど』と書いてましたけど、『おくど』の誤りではないでしょうか」と指摘させていただいたんです。

そしたら、後で杉野にお住いのK教育委員さんが、「あれはねぇ~、うちらのところでも『おふど』って言うんですわ」とおっしゃるではないですか。「あ、そうなんですかぁ。ひょっとしたら「おふどさん」が正しいんかもしれませんねぇ」と思わず言ってしまいました。

しかし、よく考えてみるとやっぱり「おくどさん」だし、そんな名前のお総菜屋さんもありましたから、少なくとも旧長浜では「おくどさん」やわと思い直し、帰って調べますと、やはりこれは「くど」に丁寧語の「お」と「さん」をつけた「おくどさん」でした。

ちなみに「くど」とは「竈(かまど)」という字を書くようですが、原義は「かまど」のうち、その後部に位置する煙の排出部を指し、この意味で「竈突」や「竈処」と表記されることもあるそうです。

京都などでは「かまど」そのものを意味し「おくどさん」と呼ぶ、とありますので、やはり元々は「おくどさん」なんだと思います。

しかし、これが旧びわ町の竹生地区や木之本町の杉野では「おふどさん」と呼ばれているとすれば、むしろ呼び名の境界、分布やその経緯などに興味が移るわけなんですけど、誰か調べておられるんでしょうか?

破風堂々

テーマ:まちづくり
近くにありながら国宝彦根城については知らないことが多い、と以前にも書きました。前彦根市長のお話で、滋賀県各地の城の遺構を持ち寄ったことを知り、新聞で大隈重信が明治維新後の解体の危機を救ったことも知りました。

彦根城天守閣を初めて見た時に「何や、ちっちゃいな。これで国宝け?」と思った方多いのではないでしょうか?しかし、遠目から見ると、あるいは他の城と比較すると、小さいけど目鼻立ちのはっきりした美人、みたいな存在感もありますよね。

日経新聞の日曜「美の美」欄で国宝四天守が取り上げられているのですが、この間は彦根城特集。そこで彦根城の美しさ、迫力は「破風(はふ)」にあると書かれていて納得。

彦根城は3重の天守閣でありながら破風の数は何と18(妻側5、平側4 ×2面)で姫路城と並んで最多。5重の松本城でも7つ、4重の松江城は6つしかないそうな。ちなみに切妻破風に庇をつけたものは他に例を見ないとのこと。

広島大学の三浦教授によれば、「天守を飾るには漆喰や漆、金箔などの手段があるが、破風を増やすのが最も効果的。長持ちするし遠くからでも目立つ」。破風とは天守の美学そのものであり、それを最も体現してみせたのが彦根城だと。

家康は大坂に健在の豊臣家のにらみとして譜代の家臣井伊氏を彦根城に配置したわけですが、佐々木氏の流れをくむ京極家の居城であった大津城の移築で近江支配の正当性を与え、見事な破風を幾つも備えた新天守で政権の権威を内外に示したというわけです。

しかし同時期に築かれた池田氏の姫路城や尾張徳川家の名古屋城のように5重の天守を持てなかったのは、やはり家康の配下、陪臣にすぎなかった井伊家の家格の限界からだったようですが、凝りに凝った破風を多数設けることで、ハンディを補って余りあるものとしたのですね。

雪降る食卓

テーマ:よもやま話
うちの店は古いところは築150~200年近く経っていると思われます。住んでいる棟も私が生まれた時にすでにある程度年限を重ねているように見えましたので、80年くらいは経っていると思います。あちこちボロが出てきて、客観的に見ても「ようこんなところに住んでるな」という感じ。

ま、慣れてしまえば普通に暮らせはするんですが、大雪となった9日の前日の夜。晩飯の後ほろ酔い気分でテレビを見ておりましたら、どこかで「パラン」という音が聞こえました。家の中ではなく外のような二階のような。でも、何の音だかははっきりしませんでした。

しばらくすると、妻が突然天窓の方を指して「あれ、雪が降ってきたで、ほら、ほら」と言うではありませんか。ほうか、寒いと思ったら道理で、と天窓を見上げます。うなぎの寝床のような町家は日当たりが悪いので要所要所に天窓があり、ちょうど食卓の上にも一つございます。

天窓のガラスに積もり始めたのかな、と思いきや、雪がどんどん下へ落ちてくるではありませんか。「え、うそ、まじ、雪が降ってきたやん、家の中に」。そうか、さっきのパランという音はガラスがずれた音だったのか。昔、星降る街角という歌がありましたが、こりゃ雪降る食卓ですがな。

しかし夜で雪、何と間の悪いことか。とりあえず、屋根に上がって見に行かねばと妻と2階に上がります。しかし、既に雪がかなりの勢いで降っており屋根にも積もり始めています。急いで(曳山祭の裸参りの)地下足袋を履いて屋根を上ろうとしましたが、瓦もあまり上等のものでないのでツルツル滑ります。

滑って落ちてはそれこそ一大事ですので引き返し「やっぱり無理やわ」と言いますと、妻が「私が行く!」と。いや、それは危ないからやめてくれと何度も止めますが、「私は大丈夫、酔ってもいないし頭使うんだから」と言って、私から地下足袋を奪い、さっと履いて

あっという間に、雪止めのついた瓦のところにたどりつき、雪止めづたいに横にさっさと歩いていきます。そして目的の天窓の届くところまで行くと、ずれたガラスを戻すという応急処置を施して戻ってまいりました。

「もう回りの土台も腐りかけていて完全には閉まらんかったで、雪が隙間から落ちてくるかもしれんわ」と妻。翌朝、目をさますと銀世界でしたので、これはまずいと居間に向かいましたが、何とか降り込まずにすんでいました。

家の古さもさることながら、自分の不甲斐なさと妻の頼もしさを実感したところです。昭和の花嫁でなくても許す!

昭和の花嫁の心得(4)

テーマ:よもやま話
♪チャラチャチャラチャチャチャーラ~、昭和の花嫁の昭子でございます。皆様にご愛顧いただきました連続ドラマも今週をもって、とうとう最終回。「最後にどんでん返し!」なんて昭和の花嫁にはございませんことよ。おっと、そろそろお風呂がわいたようでございますわ。


さて、それでは一日の疲れをいやすためにお風呂にいたしましょう。

⑧お風呂のお世話
良人は一家の主でも嫁は姑への礼儀として、まず「お姑さま、お風呂がわきました」と、おすすめすることを忘れてはいけません。何でも真っ先に良人へすすめるようでは、いかにも母親をないがしろにしているようで、あまり感心できません。

(こりゃ、大変だわ)

「あとにしましょう」とお姑さまがおっしゃったら、そこで初めて旦那さまにお風呂をおすすめいたします。「お流しいたしましょうか」と、時間を見計らって声をかけてみるのも、「お背中をお拭きいたしましょう」と湯上りタオルを持ってお持ちするのも、湯冷めせぬよう、丹前かもう一枚羽織を掛けてあげたり、すぐあとで温かいお飲み物をおすすめするのもすべて良人を喜ばせることになります。

(ほんま、至れり尽くせりやな)

⑨日曜のご馳走
「今日はご馳走?ぷんぷんいい香りがしてくるよ」。「あら!こちらへいらしては駄目。楽屋を見られちゃ困るんですもの」。

(男子厨房に入らず!楽屋を見ちゃだめよ)

「糟糠(そうこう)の妻」、古い言葉ではありますが、やっぱり花嫁さんは甲斐甲斐しく、割烹着を着て台所に立つその姿こそ、しっくり似合って好ましいものでございます。


そうこうしているうちに、お別れの時間が迫ってまいりました。今宵は奥様が甲斐甲斐しく割烹着を着てあなたのお帰りをお待ちになっているかもしれませんよ。おはようお帰り。ではまたいつかどこかでお会いしましょう。かしこ

                                         ―昭子拝

しぶとい

テーマ:言葉・漢字
先日何気なく妻に「しぶとい、ってどんな漢字書くんやろね?」と尋ねられまして、「う~ん、わからんなぁ」。そもそも、「しぶとい」は「し・ぶとい」のか「しぶ・とい」なのか「しぶと・い」なのか?

人の強情な性格を悪くいう場合に使われたり、逆に困難に遭っても粘り強いという良い意味でも使われたり、はたまた人間以外でも「しぶとい腫れ物」といった言い方もあり、まさに言葉としてもなかなか「しぶとい」ですね。

「◯ぶとい」つながりで思い浮かぶ言葉が「図太い」。さらに「野太い」という言葉もありますね。この二つは共に「太い」という漢字がついておりまして、「どちらも神経が太くて少しのことではびくびくしないさまを悪い評価を伴って表わす」と辞書にあります。ま言うなれば兄弟言葉ですね。

普段よく使われるのは「図太い」の方で、「野太い」はもう性格表現としてはほとんど使われず、わずかに「野太い声」という用法で残っているくらいでしょうか。古語辞典には「のぶとし」はあっても「ずぶとし」はないので、時代を経るうちに「のぶとし君」は「ずぶとし君」にその座を奪われちゃったのかな。

さて、「しぶとい」はどんな漢字を書くのでしょうか?結論からいうと、どうも漢字は無いということになるようですけれど、とりあえず語源としては3つほど説があるらしい。

一つは、昔の言葉「強い(しい)太し」の略かということで「強太い」。そして「為太(しぶと)でやること、行為がふてぶてしいこと」という意味から「為太い」。さらに「渋(しぶ)」に「あざとい」「あくどい」などの「とい」がついた「渋とい」というもの。

図太い、野太い、強太いとくれば、まさに松王丸、梅王丸、桜丸のような「太い三兄弟」としたいところですが、「渋とい」となると全く赤の他人になってしまいますね。いやあ、ホンマにしぶとい言葉です。

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