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真成人の日

テーマ:よもやま話
先日こそっと書きましたように、うちの息子も今年成人の日を迎えました。がしかし、娘の時のように振袖を着るわけでもなく、取り立てて特別な日という気持ちが湧いてまいりません。

本人も滋賀夕刊に掲載していただいた新成人の決意の中で「成人を機にとりわけ新しく何かをしたいとか、自分の中の何かを変えたいということはありません」とも書いておりましたが、自分の経験からもそれが若者の正直な気持ちなんだと思います。

ま、理由はいくつかあるんでしょうけど、まず既に成人の日を迎えた時には20歳の誕生日を過ぎている者がほとんどであること。それから、実質的には高校を卒業し大学に進学したり、社会人になる時点で、大人としての自覚が求められること。

ほとんどの者が、これを契機に自動車の免許を取ったり、あるいは法的には認められておりませんが飲酒や喫煙を半ば公然と始めるようになり、社会の側も目くじらを立ててこれらを取り締まるようなこともしていません。

高校への進学率が100%近くに及ぶ現在、むしろ実態に合わせて、高校卒業時をもって成人とし、選挙権も与えるべきであると私は思うのですが。

成人式は、いわば大同窓会の様相を呈しており、息子に「教育長さんの話どうやった?」と聞いても「ざわざわと騒がしくて何を言うてやあるか全然わからんかった」と。久しぶりに会った友人たちとの会話でそれどころではないのでしょう。息子もこの日は友人たちと遅くまで騒いだようで、帰りは午前様。

かつては1月15日と定められていた成人の日。いつからか1月第2月曜と変わり、今年は14日が成人の日で13日が成人式。こういう慣習さえもが成人の日の意義を薄めている一因でもありましょう。

ちなみに1月15日はアダルトの日だそうで、かつての成人の日の名残をとどめているのかと思いきや、1947年(昭和22年)1月15日に、東京・新宿の帝都座5階劇場で日本初のヌードショー(額縁ショー)が上演されたからとか。

真成人の日はいったい何時なのかは人によって異なると思いますが、まあ、新成人の皆さんもすっぽんぽんになって生まれ変わったつもりで頑張って下さい。

エデュケート

テーマ:よもやま話
日経新聞の「私の履歴書」、今月は作家の渡辺淳一氏が執筆。渡辺淳一さんといえば、同紙で「失楽園」や「愛の流刑地」を連載、日経は読まなくても、その連載小説だけは知っている、というくらい有名になりましたね。

氏が作家になったのは、当然のことながら才能があったからではありましょうが、「中学校時代から短歌の世界に馴染んだことが、小説の世界に踏み出す原点になったことは言うまでもない」と自己分析されております。

中学3年の頃から、国語の先生で歌人の中山先生にすすめられるままに作った短歌。それが褒められ、大きな文学的刺激を受けたことはまぎれもない事実だと。それにしても、こんなのが中学生の歌なんですかねえ。

地吹雪の間隙に見えし固きもの開拓時代の碑石なるらむ

夜を俄かに思ひ出せり生くる事の訳わからなくなり母を呼びたり

自殺せる人の如くにつきつめよとすぐ恐ろしく忘れむとす

あざやかに笑い出だしし男らの不純を怒れ勝つことはなし

一つ床に弟抱きてい寝ながらいつかは死ぬと思ふ事ありぬ

机の前の母のかかげし尊徳の額に向かひて反撥を抱けり

漠然と昨日の我を悔ゆる蜜柑の皮のあどけなく散る


「他に自然への手がたい写実歌もあるが、この種の自己の心を掘り下げて詠んだものの方に、特色が見られる。このような内面への興味が、やがて歌の上だけの表現では飽き足らなくなり、より自在な小説の世界へ、足をふみいらせていったのかもしれない」という先生の後の論評も紹介されておりました。

まあ、中学校から高校にかけての多感な時期ですから、こんなことを考えることはあっても、こういう歌として表現できるとは。それに飽き足らなくなり小説家に、さらに普通の小説では飽き足らなくなり、あんなものを....。

いや、それは置いといて、やはり学校の先生の影響というのは大きいものなんですね。啖呵を切って体罰よりも短歌を褒めて小説家。英語のeducateは元々「教える」というよりも「可能性を引き出す」という意味だそうです。教育とはそうあるべし、と思うのですが。

噫にも出さない

テーマ:言葉・漢字
先日「レ・ミゼラブル」の映画について書きましたが、その時のくんさんのコメントにもありましたように、レ・ミゼラブルの邦訳「ああ無情」の「ああ」は「嗚呼」ではなく、「噫」と書くんですね。「噫無情」、何かお経の名前みたいですけど。

この「噫」を辞書で調べますと、「胸が詰まって出る嘆息」と書いてありました。で、「または、おくびのこと」とも。「おくび」とは何と「ゲップ」のことなんですね。

「おくびにも出さない」という言い回しがございます。「ある物事を深く隠し、まったく口に出さず、素振りにも見せないこと」を言うわけですが、腹の中にあるものを「おくび」としても出さないように、心に秘めたことを口に出さないことに喩えたものだそうです。

ゲップに出すってのも結構なことのような気がするんですけど、そのものをゲロるよりはましだし、おならよりもまだゲップ、失礼おくびの方が上品ってことでしょうか。

ところで「あくび」と「おくび」は似ていますが親戚なのでしょうか?「あくび」は「欠くぶ」からとか「開く」と関係するとか諸説がありますが、首から出てくるもので口を「あ~」と開けるのが「あくび」で、「おっ」と吐き出すのが「おくび」とか?

ついでに「いくび」という言葉もございまして「猪首」と書きます。短くて太いから猪の首、私も完全に猪首ですわ。歌舞伎太功記十段目の十次郎出立の場面で「♪猪首に着なす鍬形のあたりまばゆき出で立ちは」という浄瑠璃が出て参ります。

優男の十次郎が猪首では様にならんやろ、と思っていたのですが、「《首が短く見えるところから》兜を後ろにずらして、少しあみだにかぶること」という意味もあり、敵の矢も刀も恐れない、勇ましいかぶり方なんだそうです。

戦場へ向かう不安や許嫁を残していく辛さを「噫にも出さない」出で立ちだったわけですね。

町内安全祈願

テーマ:まちづくり
今日は息子の成人式。まあ、男はスーツ着るだけですから楽ですね。そして夕方5時からは自治会の総会。そう、私自治会長なんです。まあ、街なかの自治会ですんで規模も小さいんですけど、総会資料をコピーしたり、お酒の手配をしたりとまあ雑用係みたいなもんです。

私が長浜に帰ってきた時は自治会総会は同じ山組内のよろづやさんという料理屋さんで行われていたのですが、平成16年以降は自治会館でお弁当を取って行なうという形式に変わりました。正月くらい料理屋で、と思わんわけでもないのですが、経費節減と何よりよろづやさんがもう営業されておりませんのでね。

いつの頃からか、ひょっとしたら昔からそうだったのかもしれませんが、当町では総会に備えて、自治会長が八幡宮に町内安全祈願のご祈祷を受けに参ります。てことで、昨日行って参りました、これを持って。

このお神酒徳利および塗箱は、かつて町内で酒屋さんを経営されていたお家から町にご寄付いただいたものだそうで、これにお酒を詰めまして、八幡宮の神前にいったんお供えして祈祷を受け、総会終了後このお神酒で乾杯し、懇親会に移るという運びになります。

出席者と酒豪の減少に伴い、最近は酒量が減ってまいりまして、徳利にいっぱいお酒を入れると飲み切れないので半分くらいに留めおく様、前任者から引継ぎを受けまして、はいはいそのようにさせていただきますわいな、と。

八幡宮は土曜日ということで、同時に他のご祈祷客も数組いらっしゃいまして、それぞれ家内安全や厄除祈願などをされておりました。例によって禰宜さんの祝詞は独特の節回しで、わかるところとわからんとこがあるのですが、まあ自分の名前が呼ばれているのは確認できましたわ。

最初、受付のときに祈祷料を請求されませんでしたので、おかしいなと思ったのですが、最後確認いたしましたら「お気持ちだけで」と。「毎年〇〇円納めさせていただいております」と申し上げましたら「あ、そうですね」と。最初から玉串料として包んでいかなあかんかったんですね。うっかりしておりました。神様ごめんなさい。

安倍一族

テーマ:政治
再度日本の首相となられた安倍晋三さん。お父さんは元外相の安倍晋太郎氏で母方のお祖父さんが岸信介元首相。で、晋三さんはやっぱり長男なのか、それとも「三」がつくから三男なのか?
祖父と父
どうやらどちらでもなくて次男なんだそうです。長男さんの寛信さんが三菱商事の執行役員で、三男の信夫さんは岸家に養子に入られて先の総選挙でやはり衆議院議員に。お二人とも、お祖父さんの岸信介さんの「信」がつくんですね。

(左がお兄さんで右が弟さん)

「晋」の字を引き継いだ晋三総理はやっぱり晋太郎お父さんの期待の星だったのでしょうか。しかし、なぜに「しんぞう」つまり「三」なのか?「あべしんじ」では何となく演歌歌手や漫画家っぽいからなのか。「しんぞう」→心臓で、国の中心となるべしという願いが込められたのか。

「三」という字に特別な意味でもあるのかと調べてみたのですが、特にそんな様子もない。ただ、「再三」という言葉があるように「何度も」という意味があるようで、今回の再登板を暗示していたのかもしれません。

「新造」という言葉もありますが、こちらは「新しくつくる」という意味以外に、「武家の妻女」、「町家の上流商家の妻女」を指し、さらにのちには「人妻、特に若い妻」のことをいうようになり、あげくの果てには「未婚の若い女性」のこともいうようになる、と辞書には書いてあります。

いくら「新造」とはいえ、新しい意味を作り過ぎではないでしょうか。安倍新造内閣。なかなか重厚なメンバーで期待が持てますが、公約の意味はどんどんと変えないでいてほしいものです。

さて、意外と知られていない安倍総理の父方の祖父、安倍寛さん。この方も衆議院議員だったそうですが、「あべひろし」ではなくて「あべかん」とお読みするようです。「あべひろし」と言えば「阿部寛」なんですが、安倍総理の後ろでSP(護衛)されていた方、(阿部寛+安倍総理)÷2的な感じじゃないですか?





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