大鵬最後の優勝を記す

テーマ:スポーツ
昭和の大横綱大鵬さんが昨日亡くなられましたね。大鵬といえば、私が生まれた1960年に初入幕、以来引退する1971年までに幕内優勝32回。未だ誰一人破ることの出来ない大記録です。

私は小学生の頃から大相撲が好きでとりわけ大鵬の大ファンでした。3年生から5年生にかけて彼の取組を10回以上に渡って日記に記しており、何と最後の32回目の優勝の大一番をまさに実況中継のごとく綴っていたことがわかりました。

昭和46年1月24日(日)    「大鵬対玉の海」

テレビですもうを見ました。きょうは、大鵬対玉の海があります。大鵬は勝って優勝決定戦にもちこし、それにも勝って優勝したいし、玉の海は勝って全勝優勝し三れんぱしたいので、どちらも負けられません。

両者の目が光ります。どかーんと二人がぶつかりあうと、すぐ上手のとりあいになりました。いつもなら五分になるけれど、きょうは大鵬のうまさがでたのか先に右も左もとりました。玉の海はぎゃくに両方ともとれません。でも玉の海は大鵬のうつ上手投げ、すくい投げを残しました。

手にあせにぎる力のこもった勝負です。ぼくのむねがするどく動きました。大鵬はどうしても勝ちたい気持ちでいっぱいになったのか、土ひょうぎわへもっていって力のあるかぎりよりきりました。ぼくのむねの動きが少しおさまり、ほっとしました。

いよいよ優勝決定戦です。どうやら玉の海の方がつかれているようでした。大鵬はじゅうじつしています。また勝負に近づくほど、むねの動きがはげしくなりました。

立ちあい、また上手のとりあいでした。こんどは両者とも右だけをとりました。大鵬は両方ともとれよと思いました。そのねがいがかなったのか、大鵬が左もとりました。さすが大鵬だなと思いました。そのまま勝つといいのだけれどと思いました。でも勝負が長くなったので水入りとなりました。

ぼくは水がはいると玉の海の方が有利になるかもしれないと思って心配になりました。また両者がさっきと同じかっこうになりました。場所はだいたいまん中です。庄の助が二人のせなかをたたくと、また始まりました。

大鵬はおしましたが、場所がぎゃくになり大鵬の方が土ひょうの外に近くなりました。でもまだ玉の海は上手がとれないので不利です。玉の海はつりましたが少しもききません。大鵬の投げもききません。

大鵬はおもいっきりおして、さっきと同じように土ひょうぎわへもっていきました。そして玉の海が残るところよりきりました。ぼくは手をたたきとびあがって喜びました。二つの勝負を二つとも勝つのはむずかしいのに、よくやったとほめてあげたいぐらいでした。

大鵬は名古屋場所の時、いんたい問題になっていたけれど、よくそれをのりこえて立ち直り優勝したなと思いました。大鵬は三十二回めです。きょうのすもうは、大鵬の根じょうが玉の海の若さをよりきったのだろうと思いました。そして大鵬はまさに日本一だと思いました。

大鵬はまだいけるという自信がついただろうと思いました。ぼくは北玉時代はまだまだだろうと思いました。先場所、玉の海と大鵬で玉の海が勝った時、ぼくは来場所こそは大鵬に優勝してほしいと思いました。そのねがいがかなったのでよけいに喜びました。これからも大鵬にどんどん優勝してほしいと思います。


(この二場所後の昭和46年五月場所で大鵬は引退。大鵬さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます)

昭和46年初場所千秋楽 本割


同上 決定戦

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