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源字物語

テーマ:言葉・漢字
昨日のブログで、ひらがなの「ゑ」は漢字の「恵」であると申しましたが、同様にすべてのひらがなは、漢字が元になってるんですね。「妖怪草紙 -くずし字入門」という本によりますと、例えば

「あ」は「安」から。なるほど、安という字を高速で続けて書くと「あ」になるような気がいたします。「あ」と「め」はよく似た字ですが、「め」は「安」からうかんむりを取った「女」が元字。そして、「美」という字が変化して「み」になるそうです。こりゃわかりづらいけど、だから「美女」は「みめ」麗しいのか。

もう一つ似ているといえば「ぬ」。こちらは、女の又つまり「奴」が転じたもの。以上、「あ」と「め」と「ぬ」は女の絡んだ「ひらがな三姉妹」。

三姉妹とくれば、さしずめ「わ」と「れ」と「ね」は「ひらがな三兄弟」か。長男の「わ」は「和」をもって尊しとし、次男の「れ」は「礼」儀正しく、三男の「ね」は「禰」で性格は多分複雑。

さて、か(加)、せ(世)、に(仁)、ほ(保)、も(毛)、り(利)などは、漢字とひらがながそのままでよく似ておりますので、すぐ見て納得。い(以)、う(宇)、け(計)、す(寸)、た(太)、ま(末)、や(也)なども、言われてみれば、なるほど、なるほど。

玄人受けしそうなのが、え(衣)、の(乃)、ふ(不)、む(武)、ゆ(由)などなど。漢字をさらさらさらっと続けて書くと何となく、ひらがなになりますもんね。

絶対思いつかんのが「き」。さて元字は何でしょう?何と近畿の「畿」だそうです。これって、上の幺二つが横棒一本になって、左下の田がくるりんぱ、ですよね。それから、「そ」はねぇ、「曽」なんだけど、かたつむりが殻から抜け出て、なめくじになった印象ですな。

それでは皆さん左与宇奈良。(「なら」はやっぱり奈良だったわ)

ゑ?!

テーマ:油甚本店
昨日、若いご夫婦とおぼしきカップルが買い物に来られ
帰り間際にこの看板を見て
ご主人が「あっ、『古っ!』やん、これ」とおっしゃる。

ほう、この方お若いのに昔の看板にご興味がお有りか、と思いましたら、奥さんの方が、「あ~ん、昨日のねぇ~」と言って立ち去って行かれました。

そうか、二人が話題にしてたのは、前の晩にTVでやっていた「Ippon グランプリ」だったのね。番組見てない人にはさっぱりわからないことでしょうけど、こちらのブログに書かれておりますように、内容は笑点の大喜利をうんとシュールにした感じ。

「口げんかの最中、相手に『古っ!』と言わせて下さい。」という問題に対する回答でIpponを取り、見事優勝を決めたバカリズム。その回答が「ゑ?!」だったわけです。

確かにこの「ゑ」という字はなかなか使いませんね。まあ、このあたりでは「ゑびす講」なんかがありますから、まだ馴染みがあるかもしれませんけど。子どもの時にこの字を習う前は、「るびすこう」って何やろ?それにしても変な「る」やな、と思っておりました。

それと何となく、この字を見てイメージしたのが
こちら
まあ、どっちにしても変な字やなあ、と思っていたわけです。

ところが、成長に伴い色々と学習していき、やがてこの「ゑ」の元字は、自分の名前の一部である「恵」であることを知るに至るわけです。まさにその瞬間は「ゑ?!」ですわな。

変な字だと思い続けていた字が自分の名前だったというのはなかなかショックだったわけですが、最近では名前をサインで書く時、面倒なので「恵」を「ゑ」と書いておる自分に気がつくのであります。

仁の術

テーマ:曳山・歌舞伎
「柔よく剛を制す」という言葉がありますが、日曜日の夜は「仁よく江を制す」。JIN~仁を見るのが一週間の楽しみとなっております。仁先生はお医者さんですが、医者の仕事のことを「仁術(じんじゅつ)」とはよく言ったものです。

さて、「仁」といえば、先週の朝日新聞夕刊のコラム「人生の贈り物」は歌舞伎俳優・片岡仁左衛門(にざえもん)さんのインタビュー記事でした。仁左衛門といえば、吉右衛門と並んで当代随一の立役であることは誰もが認めるところ。

そんな仁左衛門さんも当初はこの大名跡を継ぐことに大きなためらいがあったそうです。当時は片岡孝夫という名前でしたが、坂東玉三郎と「孝玉コンビ」などと呼ばれて絶大なる人気を誇っていましたが、彼には我當、秀太郎と兄が二人おります。

当然、長兄の我當さんが仁左衛門を継ぐと思っていたので話が来たときは迷い、お兄さんに相談したそうです。そこで「しっかり頼む」と言われ一応受けることにしましたが、まだ迷いは消えなかったそうです。

その後、膿胸、大葉性肺炎という大病を患い生死の境をさまようことになるのですから、人生わかりませんね。食堂に亀裂が生じ、何と6ヶ月間もの間水すら飲めなかったそうです。もう舞台に立つことはないかもしれない、歌舞伎ファンの中にもそう思っていた人たちは少なくないと思われます。

しかし、結局はこの大病が逆に襲名への迷いを消し去る決め手となったようです。仁左衛門さん、次のように語っています。

「大病をしてみて、『生き死に』は自分の意思ではどうにもならず、すべて神様が決めた流れだと思いました。世の中には人間の力でどうにもならない大きな流れがあると思うようになりました。

私に仁左衛門を継がせようという流れがだんだん大きくなっていた。流れに逆らわず、流されるのではなく、流れを生かした方がいいのではないか。もし、私に仁左衛門が無理というのなら、ここまでの流れにはなっていないのではないか、と思いました。」

JIN-仁では「神は乗り越えることのできる試練しか与えない」というテーゼが繰り返し出てまいります。人の命を救う仁術の力と歴史の修正力の間で翻弄されながら自らがそこに送られた意義を探り続ける南方仁先生。仁術に救われて自分の宿命を悟り覚悟を決めた仁左衛門さん。

辞書を引けば、「仁」とは①ひと、人間、そして②自分と同じ仲間としてすべての人に接する心、隣人愛や同情の気持ち、ともあります。大震災から3ヶ月。偉そうなことを言える我が身ではありませんが、「仁」の心があればどんな試練も乗り越えられる、そう信じたいものです。


(追記)
ちなみに、昨日送ってきました、日本フルハップから。大当たり~
大歌舞伎のチケット
仁左衛門さん主演の伊勢音頭

まいもん満ちの駅

テーマ:まちづくり
「日課」という言葉はあっても「月課」という言葉はありませんね。なければ勝手に作ってしまいませう。つまり、毎月1回必ず行うこと。

私の月課は、う~ん、まずお多賀さんの一日参りやなぁ。それから最近、5日か10日の集金で湖北町に行ったついでに必ず寄るのが、えきちょんさんところの「水鳥ステーション」さ。これもニュー月課と呼んでほぼ差支えはないでしょう。

昨日も訪れたのですが、ここの目玉は、そう入口入ってすぐ右手のところにある、小鮎の天ぷ~ら。でも買わないよ。とりあえず一切れ、つまみ食いをさせてもらう。と言うか、なぜか試食用がいつも一切れしか残っていない。

やっぱり人気商品なんですね。みんなつまみ食いしたいんですね。そして、最後の一個はなぜか食べたくないんですね。何か卑しそうで。でも食べちゃいますよ、私は。卑しいんでね。

さて、昨日の目的は天ぷらではなく、小鮎の佃煮。ここでおいしいのを発見したんです。あ、その前に、私はしばらく東京に住んでおりましたし、妻も県外の人間なのですが、やはりこの地が誇れる「おいしい食べ物」の一番手は、この小鮎の佃煮、ということで意見は一致。

え~、そうそう、ここのね、小鮎がおいしいんですよ。ラベルに作った人の名前が貼ってあるんです。え~っと、あれ、ないやん、〇〇さんのが。目を皿のようにしてもう一度探しましたら、あった、あった、2つだけ残ってました。危ないところでした。

〇〇さんって誰ってか?う~ん、以前ゆうこりんさんのブログに写真が写ってたなあ、その人が作った佃煮が。まあ、人それぞれ好みがありますしね、自分が作ったのが一番という方も多いでしょう。あ、うちの町の八百屋さんが作られるのも絶品。私の好みです。

今日は、これに加えて、スナップえんどうと、ほてからぁ、あ、そうそう、ゆず味噌も買うて帰ろ。うん?賞味期限が23年7月?って来月やん。食べきれんかも~、とふと奥を見ると、賞味期限23年9月品発見!おっ、ちょっとした主婦気分。手前のやつはロデ男さんにとっておきましょう。

それから、今は季節じゃないですけど、△△さん作の沢庵も絶品。スーパーで売ってる着色料の黄色がえぐい代物とはちゃいまっせ。とにかく、水鳥ステーションはうまいもん満ちの駅ですな。でも今回もえきちょんさんには会えなかったなぁ。オフ会で会いましょう。

片付け下手はボケ上手

テーマ:よもやま話
昨日のNHK「あさいち」で、捨て上手は片付け上手、みたいなテーマで、身の回りのものを片付ける極意のようなものを達人の例を出して紹介しておりました。

モノが片付かない、いざという時どこへ行ったかわからない、という方はいっぱいいらっしゃるかと存じます。また、その解決法を紹介する番組や本なども、それこそ整理しきれないほど山ほどありますが、結局は「捨てる」ことができる「性格」か否か、ということに尽きるのではないでしょうか。

もっとも、「捨てられない」タイプは2つに分かれ、一つは「面倒くさい」型。で、もう一つが「もったいない」型。うちの母などは後者の典型なのですが、あるいはこれは戦中世代に共通のことかもしれません。

店の机などにも、とにかくモノを積み上げます。業務関係の書類などは私が定期的に目を通して処理しますが、母宛の手紙や雑誌などは勝手に捨てるわけにもいかず、とりあえずそのままにしておきますと、だんだんと山が高くなって参ります。

先日見るにみかねて、雑誌などを別の場所にまとめて移したんですが、翌日あたりに母がこんなことを...。

「あの男もついにボケが始まったなあ。同じ写真をまた送ってきょった」

あの男というのは名古屋に住む母の弟。しょっちゅう電話や手紙のやりとりをしているのですが、先日従兄(叔父の息子)のことが写真入りで載った新聞記事のコピーが何点か送られてきたのです。

母は、叔父が呆けてそれと同じものを再び送ってきたと私に訴えましたので、「あれま、ほらあかんがな」と店に行きましたら、叔父から届いた角封筒が確かにそこに。中身を見たらまさに先日と同じ新聞のコピー。「ほんまや~」と思いながら消印を見たら、あれ~、これ先月やん。

「もしかして、これって前に届いたやつと違うの?」

「ほうかいなぁ~。何やぁ、ぼけてるのは私の方かいな」

そうそう。下に埋もれていた封筒が一番上に来ただけよ。全く、片付け下手はボケ上手。

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