一文先生との再会

テーマ:よもやま話
船浅さんのブログにもありましたように、一昨日ロイヤルホテルで長浜西中の学年同窓会が開催されました。卒業後5年ごとに行なわれており、今回が7回目とのこと。

私的に今回の同窓会の目玉は、中2の時の担任である田中一文先生との再会でありました。中2が終わった後、わずか2年間で転勤されて以来ですので、何と36年振りということになります。本名は「かずふみ」ですが、ご想像の通り通称「いちもん」先生。何せ36年振りですので、先生は誰が誰だか全くわからない、とおっしゃっておられました。

当時27歳で野球部の顧問でもありましたが、野球部出身の出席者5名でかつての思い出話をする内にだんだんと調子に乗ってこられまして、顔にシワが増え、頭髪が白くなっても、身振り手振りを加えながらの話し方が当時と全く変わらず笑ってしまいました。

ちなみに野球部主将だったI君、ある人から「先生は48歳で早逝された」と間違った噂を聞いてずっと信じていたらしく、その日先生が出席されているのを見てびっくり。「足がついたるわ」と幽霊でないことを改めて確認し苦笑しておりましたが、先生もご挨拶の中で「まさか自分が死んでるとは思わなかった」と笑い話に。

個人的には、先生に担任してもらった中2の頃が反抗期のピークで、非行とまではいかなくても学校行事に反対したり、オリジナルすごろくを流行らせて、クラスの向学ムードに水を差したりと、あまり感心できる生徒ではありませんでした。

その証拠に当時の通信簿を見ますと、生活態度の「公共性」と「寛容」がC評価、所見欄には「意思表示明確だが、やや身勝手である。注意を素直に聞き入れること。思ったことの正否を判断し良いことは皆にやらせるよう努めるべし。クラスへの影響大である」なんて書かれております。当然、悪影響を及ぼしておったわけです。

年末に私が先生に年賀状を書いているのを見て、母が「一文先生か、なつかしいなぁ。先生が転勤された時、おまえが迷惑をかけたで、詫び状と餞別を送ったんやで」と初耳の話。「これでお酒でも買って、西中時代の嫌なことはさっぱりと忘れて下さい」なんて書いたそうです。

でも、先生何にもおっしゃってなかったなあ、この間。そんなこと覚えてるわけないか。いや、やっぱり幽霊だったのかも(笑)



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