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打ち止め花火

テーマ:まちづくり
昨日の観光協会「清水さんのひとり言ブログ」、何か意味深やな、と思っておりましたが、滋賀夕刊のトップ記事見て納得。「長浜花火大会、来夏で中止」の大見出し。「うっそ~!!」「何で~??」という声があっちこっちから聞こえてきそうですが、一体何故なのか?

私は直接記者会見を聞いたわけでもありませんので、とりあえず滋賀夕刊の記事を転載いたしますと、中止の理由は

(1)2001年の明石歩道橋事故を契機に安全対策に関する滋賀県、長浜署の指導が年を追うごとに厳しくなっている
(2)露天商の出店について警察や県の規制が年々厳しくなっているが、主催者の目をかいくぐっての出店が後を絶たない

(3)歩道での場所取り、ゴミの投棄、路上駐車など観覧席のマナーが低下し、対応が困難
(4)市民や企業の募金が毎年減り、県の補助金も減額されているが、安全対策などの経費は増加する一方

とのことであります。何でも今年の花火大会などは実施許可が下りたのは、開催まで一週間を切ってからだったそうな。観光協会では実のところ、県の対応が中止の原因と思われているような節もありますね。(多分、「ふざ県じゃないよ」モード・笑)

個人的には、20年近く前に長浜に帰って来た頃は、湖畔で至近距離で見られる花火の迫力に感動し、毎年子どもを連れて豊公園まで通ったものですが、近年では市民よりむしろ外来客が大挙し、身動きが取れないばかりか、廃棄されるゴミの多さに閉口し、花火大会には気分的に少し距離を置いておりました。

観光客が大挙すれば経済効果があるだろうと思われるでしょうが、滞在時間は夕方からのせいぜい数時間、しかも街なかへ買物目的に流れることもあまり期待できず、この日の売上が増えるということはほとんどないと思われます。。

募金の額が減っていくのも不況の影響はもちろんありましょうが、何か花火大会が市民の物では無くなりつつあることに市民自身が気がつき始めたということではないでしょうか。さて、最後の開催となる来夏の混雑ぶりは一体どういうことになるのか?事故がないことを心から祈ります。

いっそのこと、昔のように、もう終わりかと思った頃にドーンと上がるような、のんびりとした花火に戻して再開してはどうでしょうか?観光客からは見放され見物客も減り、露天商も割りに合わない、でも経費はあんまりかからない、それでもいいような気がするんですけど...。それとも、何かいい案ある?

クール・ジャパン

テーマ:よもやま話
日本はイケてるか?イケてないか?「クール・ジャパン」をテーマにした「オーサー・ビジットin明治大学」が開かれ、作家の鴻上尚史さんと明大国際日本学部長の蟹瀬誠一さんが語り合ったという記事が、12/1の朝日新聞に掲載されておりました。(季節はすっかりコールド・ジャパンですが)
鴻上氏 蟹瀬氏
「日本が世界に誇れるベスト5」というのが書かれていたのですが、明大生があげたのが、
①技術力 ②思いやりの心 ③勤勉 ④清潔 ⑤伝統文化

そして、当日の参加者や朝日新聞の会員サービスのアンケート結果も含めた全体の意見として取り上げられたベスト5は、
①勤勉 ②豊かな自然 ③技術力 ④治安がよい ⑤伝統文化
となっておりました。

いかがでしょうか?まあ、順番の入れ替わりはありますが、順当なところなのでしょうか。しかし、両方とも第5位に「伝統文化」が挙げられていたのは、多少なりともそれに携わっている者としては嬉しい気がしますね。

「思いやりがある」一方で「公徳心に欠ける」というややこしいところがある日本人なんですが、その要因として日本人にはコミュニティに対して「世間」と「社会」という二つのとらえ方があるからだ、と鴻上さんが説明しておられました。

「世間」、つまり「自分と直接利害関係があるか、将来利害関係が発生するかも知れない集団」の中では仲間への関心も高いし世話も焼くが、「社会」という「しがらみのない公の世界」に対しては無関心で、対応が苦手だというのです。「世間」の中では生きられても「社会」とはうまくつきあえない日本人。

さて、語り合った当の鴻上さんと蟹瀬さんがあげた「日本が世界に誇れるベスト3」は
鴻上: ① ?   ②宅配便  ③ 居酒屋
蟹瀬: ① ?   ②マッサージチェア  ③宅配便

お二人とも「宅配便」を挙げていらっしゃいますけど、確かに日本全国どこでも翌日に、しかも比較的安価な料金で荷物が届くこのシステムはすごいことなのかもしれませんね。(トラックの排出ガス、交通渋滞、運転手の過酷な労働条件等、いろいろと問題はありそうですが...)

そして、お二人の1位は奇しくも同一回答。何だと思いますぅ?


答えは「洗浄機つき便座」いわゆるウォシュレット。私もこれに巡りあうまでは、ローマ字入力で「D」「I」と押すと出てくるものに煩わされたこともありますので、もろ手を上げて賛成ですね。でも、出てくる水の温度は「クール」じゃなくて「ウォーム・ジャパン」がいいですね。

たきび記念日

テーマ:よもやま話
紅葉もピークを過ぎまして、落葉の季節を迎えますと、昔は無意識のうちにこの歌が浮かんできたものです。

題名は何だったっけ?と一瞬考えたのですが、そのものずばり「たきび」でしたね。最近は「たきび」を見ることが全くなくなりました。もっともうちは商売柄昔から禁じられておりましたが、それでも風呂焚きなどで擬似焚き火体験を楽しんだものでした。

やはり、平成13年の廃棄物処理法の改正で、廃棄物の野外焼却、野焼きが禁止されたことが大きいのでしょうか?「ダイオキシン」という言葉をそれこそ毎日、毎日、耳にたこができるほど聞かされたものです。しかし、「たきび」が疎んぜられるようになったのは近年だけかと思いましたら、そうでもないようです。

実は上記の童謡「たきび」がNHKで発表されたのは1941年(昭和16年)の今日、12月9日なんだそうです。しかし、前日12月8日に太平洋戦争が勃発し、軍当局から「焚き火は敵機の攻撃目標になる」「落ち葉は風呂を炊く貴重な資源だからもったいない」と批判され、初回のみで放送禁止になったそうです。

戦後は1952年(昭和27年)から小1の音楽の教科書に掲載されるようになりましたが、今度は消防庁から「町角の焚き火は危険」」「防火教育にさしつかえないよう考えて欲しい」」と批判があり、挿絵に焚き火と人物に加えて火消し用のバケツが加わったのだとか。

確かに、そういう迫害の歴史にふさわしい物悲しい旋律ではありますわね。全然関係ないんですが、この歌の中に、「♪あたろうか、あたろうよ~」という歌詞が出て参りますが、これを聞きましたら突然思い出したのが、
これ
「モーレツ ア太郎」。覚えてますか?えっ!知らんてか?何で「ア太郎」なんやろ?と思いましたら、両親が男の子をたくさん生んで最後に一人女の子をつくろうと考えたのですが、「ア太郎」を産んで母親は亡くなってしまったのだとか。

計画通り、男の子が生まれていたら「イ太郎」「ウ太郎」....「キ太郎」となっていたそうです。「たきび」と同様、こんな風にたくさん子を生み育てようという夫婦も姿を消してしまいましたね。

まことに国の礎ぞや

テーマ:まちづくり
三役修業塾で行なっております素義会(素浄瑠璃発表会)。来年の演題の一つに決まりました「伽羅先代萩」の中に乳人政岡が、毒入りの菓子を主君鶴千代君の代わりに食べて死んだわが子千松を褒め称える場面で「まことに国の礎(いしずえ)ぞ~や」と声を張り上げる浄瑠璃が出て参ります。

主君のために死ぬことが必ずしも美徳とはされない現代における「国の礎」はやはり教育でありましょう。昨日9時半から市役所で、第4回の長浜市教育振興基本計画策定委員会が開かれ出席して参りました。過去3回の会議では全市域、各分野から集まった10名の委員が事務局原案を元に真剣な議論を重ねてきました。

総花的な計画案の中、小学校から全校にALTをはりつける「英語教育の推進」は当市の大きな特徴の一つです。しかし、事務局提出の資料の中の「英語リスニング能力診断調査結果」を見ると、小学校英語教育が始まってから、能力が向上した形跡は必ずしも見られませんでしたので、個人的にはこの部分で意見を申し上げました。

小学校からの英語教育については専門家の中でも大きく意見が分かれており(*1)、日本語との文法の違いから習得には人によって適性がある、という考え方に私は賛成です。つまり、現在のおしなべてすべての生徒に薄く平等にというやり方では、結局中途半端になって数多いALTの人件費が無駄金になることを危惧するのです。

「英語はむしろ『スポーツ』に近いと考えて、スポ小あるいは部活動のように、やる気と適性のある生徒に集中的に教えた方が効果的ではないか?」と申し上げたら、冗談と取られてしまったようですが。

英語教育の重要性を否定するものでもないし、英語を学び始めるのは早いに越したことはないという意見も多数あることは承知しています。とにかく現行のやり方に効果があるのかどうかをきちんと「検証していく」ことを要望いたしましたら、基本計画の中に「成果を検証する仕組みづくりなど」という文言を入れて下さいました。

さて、過去3回の会議は旧浅井町役場で行なわれ、内心不便だなあと思い30分ほどかけて通ったのですが、最終第4回は市役所。個人的にはありがたかったのですが、討議はなく、結局委員長から市長への答申書の受渡しという儀式がメインで約30分で散会となりました。

市長のごあいさつが終わったところで遅れて到着された委員さんは確か西浅井町から。お気の毒に、一体何時に家を出られたのでしょうか?私も大津などに呼ばれて実のない会議だとがっかりすることが何度かありましたが、広域から人を集める場合、会議の性格によっては配慮も必要なのではと感じました。

終了後に委員の一人であるK先生と立ち話。「立派な建物や道路やらいっぱい作っても、曳山やら色々あっても、結局人が居んかったら終りやわな。人や!後継者や!」とおっしゃった言葉が印象的でした。真に「教育こそ町の礎ぞ~や」、でございますなあ。


(*1)
参考文献:  「文科省が英語を壊す」 茂木弘道/中公新書ラクレ
         「危うし!小学校英語」 鳥飼玖美子/文春新書

めでたい愛甚

テーマ:よもやま話
今年も商店街連盟の歳末売り出しのイベントは「エコエコ大作戦」。抽選でテレビ等の商品が当たるようです。

このように人々に景品を分配する籤は「福引」と呼ばれますが、これって「福を引く」から福引きだとずっと思っていたら、元々「ふく」は「お餅」のことで、餅を引き合うところから「フク引き」という言葉が生まれたそうです。

平安時代、年の初めには二人で餅を引き合って、取り分の多少で一年の吉凶を占ったのだとか。千切れた端がびよ~んと伸びた餅を持って「私の方が大きい」とかはしゃぎ合ったんでしょうな。当時、餅は「ふくれるもの」という意味から「フク・フクダ・フクデ」と呼ばれていたようです。

中世になると、縁起のいい「福引き」の字が当てられ、その後綱などの先にいろいろな景品を付けて引き合う正月の遊びとなり、近代になると商店の売り出しや宴会の余興などに使われる現在の福引きになったという流れのようです。

福引きの籤に当たりますと、「おめでとうございます~ぅ」などと言われますが、この「おめでとう」のメデタイは「祝うべきである」という意味で、もとは贈り物をいただいた時にそれを額に押し当てて、「メデタイ」とか「メデトーゴザル」と言ったんだそうです。

従って、籤に当たった本人こそが「メデトーゴザル」と言わなあかんわけですわな、本来。

さてこの「めでたい」は、最近では「目出度い」あるいは「芽出度い」などという当て字で書かれることがありますが、元々「美しいもの、可愛らしいものに心が引き付けられる」という「愛でる(めでる)」から来ているそうです。

そして「メデタイ」=「メデ:メヅ(愛づ)の連用形」+「イタシ(はなはだしい)」 → 「メデイタシ」が「メデタシ」となったそうです。ものすごく心が引き付けられちゃったわけですな。ちなみに「イタシ」は漢字で「甚し」。つまり「めでたし」は「愛甚」なのよ。


-参考文献  「ことばの由来」 (堀井令以知/岩波新書)
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