二元の道

テーマ:曳山・歌舞伎
以前読んだ「日本の古典芸能」(河竹登志夫/かまくら春秋社)という本に「二元の道」なる言葉が出てまいりました。つまり古典芸能には「伝統を守る」道と「応用の創作活動」という二つの道があり、双方とも欠かせないものであると。

例えば、大歌舞伎などでは従来の古典的な作品に加えて、新劇さらには故勘三郎の平成歌舞伎、猿之助(現猿翁)のスーパー歌舞伎など従来の枠組みを超えた挑戦がされ続けてきましたが、これらが「応用の創作活動」ということになりましょうか。

長浜の曳山子ども歌舞伎に目を移しますと、振付さんによっては複数の演目の見せ場から抜粋して盛り上がる場面を増やされたり、あるいは踊りに重点を置いたり、新作風な芸題を提供したりという動きが近年見受けられます。また、三味線も太棹だけでなく細三味線を取り入れたり。

従来の曳山狂言からやや逸脱したこうした動きに対して批判的な声も聞かれます。好き嫌いでいうと私も決して好きではないのですが、それぞれに根強いファンが多数おられ、役者親さんや女性層からは、わかりやすく見せ場が多いと人気があるのも事実です。

私は義太夫と太棹三味線で繰り広げられるものを歌舞伎だと思っていたのですが、我々の流である竹本以外に清元、常磐津、長唄があったり、あるいは踊りやそういう演奏が全く入らないもの、歌舞伎の演目は実は多種多彩ですよね。

しかし、なぜ長浜の曳山は義太夫と太棹三味線の伝統がずっと続けられてきたのでしょうか?これは曳山子ども歌舞伎の発祥とも密接な関係があるのではないか、というのが私の勝手な想像です。すなわち、元々曳山の舞台で演じようとしていたものは、実は人形浄瑠璃だったのではないか?

人形を操作する代わりに、子どもに人形の動きをさせた。一昨年京都造形芸術大学で子ども歌舞伎のビデオを無声で流しながら素浄瑠璃を行ったのですが、そのビデオを見た多くの人が「人形みたいだ」という感想を残されていたのが印象的でした。

今後、曳山子ども歌舞伎はどんな風に展開されていくのか、とても興味のあるところですが、やはり義太夫狂言の「伝統を守る」道とそこに留まらず「応用の創作活動」への挑戦がほどよくミックスされたダイナミックな二元の道を歩むことが永続のための条件なのかもしれませんね。

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