山下泰裕

テーマ:スポーツ
最近ぱんやさんが、柔道の世界選手権で日本男子の金メダルがゼロという前代未聞の事態が起こったと、しきりに嘆いておられます。ぱんやさんの学生時代の先生が「山下が引退したらまあ、1階級でも優勝したら良しということになるのかな」と仰っていたらしいので、当然の流れなのかもしれませんね。

さて、NHKの「スポーツ大陸」という番組があります。半年以上前の1/16に放映された「何があっても勝つ -史上最強の柔道家 山下泰裕-」を見ました。(実は、その時に書いてお蔵入りになっていた文章を引っ張り出して参りました)

山下については、私よりもぱんやさんの方がはるかに詳しいので多くは語るつもりはありませんが、

全日本選手権優勝9連覇、世界選手権(+95kg級)3連覇、ロサンゼルス五輪無差別級優勝。1985年203連勝で現役選手を引退。引退後は大学の柔道部監督・師範、全日本柔道連盟男子強化部長を歴任。アトランタ・シドニー五輪の日本代表監督。1984年には国民栄誉賞受賞。

というのが肩書きとして紹介されておりました。現在51歳ですが、文字通り日本はおろか世界において史上最強の柔道家であります。番組は、彼がもって生まれた素質+努力で、幾多の困難を乗り越え数々の栄冠をつかんでいったかを、家族、指導者やライバルとの間の物語を絡めて展開されていきました。

番組の最後に、インタビュアーが「ロス五輪金メダル、全日本選手権9連覇、203連勝」などの輝かしい記録について山下に尋ねます。

「いや、これも私を生んでくれた両親、指導者であった佐藤先生、そして何より声援を送っていただいた皆様のおかげです。私は日の丸を背負って戦うことに誇りを持っておりました」

こう答えるだろう、と前もって準備しますわな、こっちは。そして、心の中で拍手したろと。何せ国民栄誉賞を受賞した人格者ですからね、優等生の見本みたいなお方ですから...。

ところが、彼の答えは
「私は日の丸のために戦ったことは一度もありません。すべては自分の夢をかなえるためです。」

「記録ですか?そんなもん気にしてるヤツはちゃんちゃらおかしいですわ。問題はそれをこれからの自分の人生にどう役立てるかだけです。」

確かに「国のため」とか「国民のため」って何か言い訳くさいところがありますよね。「自分のために」を極めてこその結果としての「国のため」なんですね。

大外刈りと見せかけて、小内刈りで1本
「やはり山下は世界一である」 と私は思いました。


(追記)
6月1日で52歳になってやありましたわ(笑)

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