グローバル

テーマ:よもやま話
いよいよ米大統領選挙投票です。20世紀は間違いなくアメリカの世紀であったわけですが、この選挙は今後の世界動向に大きな影響を与えるものとなりそうですね。

さて、グローバルな視野とかグローバルな活動などと「グローバルな」という形容詞がつけられることが多くなってまいりました。そもそも「globe」というのが、球とか地球とかいう意味ですので「グローバル」というのは「地球規模の」とか「全世界的な」という意味で使われているのでしょうね。

ところで我々日本人は日本を中心とした世界地図(特にメルカトル図法の)を見慣れております。日本を真ん中に左上がユーラシア大陸、左下にアフリカ大陸、右上に北アメリカ大陸、右下に南アメリカ大陸、そして真下にオーストラリア大陸と。日本人が自分達こそ地球の中心なのだとまさに「愚弄ばる」妄想を抱いたとしても仕方が無いほどのバランスのとれた美しさだと思うのです。

しかしこの美しすぎる地図のせいで、日本人にはいわゆる「グローバルな」世界地理観が欠けているのではないかと思うのです。まずイギリスから清教徒達がアメリカへ渡った事もマゼランが南米の海峡を越えた事も直感的に理解できない。あるいはアフリカの象牙海岸から黒人が奴隷としてアメリカへ連れて行かれたというのもピンとこない。

地図の左端と右端が実は近距離にあるというのが、感覚的にわからないのではないでしょうか。日本が極東と呼ばれている事が理解できないのも、「日本的世界地図」のたまものなのです。「グローバル」「グローバル」と声高に叫ぶより、やはり地理教育は地図ではなく「地球儀(globe)」を使って行う事がまず先決なのではないでしょうか。

でも、やはり日本が中心の世界地図は美しいなあ。

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