早すぎる死
テーマ:よもやま話
2008/12/16 09:02
T君がうちの店を訪ねてきたのは、何年前のことだったろうか?確か大学院に通っているということだったから、8~10年前か?変わった学生だった。なぜなら「油を搾る」ことの歴史を勉強していたから。
「油を搾る」と言っても「いじめ」の研究ではなく、れっきとした「製油史」の研究だから何の不思議もないと言えばその通りなのだが、そんなことを研究しようという若者が今時居るのかと、我が家業を省みずそんなことを思ったものだ。
とにかく、一通り店の歴史を話し、道具を見せ、かつて搾り場だった現在の肥料倉庫にも連れて行って、かつての搾油機や桶などにも会わせたところ、もう動けなくなった退役兵たちを労わるような目で見つめ、丁寧にカメラに収めていた。
製油録という大蔵永常の書いた書物の挿絵のコピーをはじめ、製油に関するとても興味深い資料をいくつか持参して、置いていった。その後何年か年賀状を交換しており、大阪大学の大学院で経営史の研究に邁進しているとのことであったが、ここ2,3年は返事が途絶えていた。
つい先日彼の両親から喪中はがきが届いた。息子が8月に自転車走行中に不慮の事故で落命したと書いてあった。35歳。若すぎる死。
彼がくれた資料を活用して数年前に店のパンフレットを作ったので、お悔やみ状にその旨を書き同封しご両親に送った。再度お母さんから届いた返信に「パンフレットのバックに写し出されている挿絵が重厚感がありパンフレットを一層ひきたてているように思います」と書いてあった。そうです、その絵なんです、お母さん、わかるんですね。
彼の死、8月の同級生の死、つい最近の土田さんの奥さんの死。原因はそれぞれ違うし、各人の尊厳な死を同列にならべるつもりもないが、知人の若すぎる死は何ともやるせなく自分自身の中で消化する法が見つからない。まして家族はどうなのか?ご愁傷様、ご冥福を祈りますと口では言いながらも、同じ境遇に耐える自信が毛頭ない自分がまぎれもなくそこに居る。
「油を搾る」と言っても「いじめ」の研究ではなく、れっきとした「製油史」の研究だから何の不思議もないと言えばその通りなのだが、そんなことを研究しようという若者が今時居るのかと、我が家業を省みずそんなことを思ったものだ。
とにかく、一通り店の歴史を話し、道具を見せ、かつて搾り場だった現在の肥料倉庫にも連れて行って、かつての搾油機や桶などにも会わせたところ、もう動けなくなった退役兵たちを労わるような目で見つめ、丁寧にカメラに収めていた。
製油録という大蔵永常の書いた書物の挿絵のコピーをはじめ、製油に関するとても興味深い資料をいくつか持参して、置いていった。その後何年か年賀状を交換しており、大阪大学の大学院で経営史の研究に邁進しているとのことであったが、ここ2,3年は返事が途絶えていた。
つい先日彼の両親から喪中はがきが届いた。息子が8月に自転車走行中に不慮の事故で落命したと書いてあった。35歳。若すぎる死。
彼がくれた資料を活用して数年前に店のパンフレットを作ったので、お悔やみ状にその旨を書き同封しご両親に送った。再度お母さんから届いた返信に「パンフレットのバックに写し出されている挿絵が重厚感がありパンフレットを一層ひきたてているように思います」と書いてあった。そうです、その絵なんです、お母さん、わかるんですね。
彼の死、8月の同級生の死、つい最近の土田さんの奥さんの死。原因はそれぞれ違うし、各人の尊厳な死を同列にならべるつもりもないが、知人の若すぎる死は何ともやるせなく自分自身の中で消化する法が見つからない。まして家族はどうなのか?ご愁傷様、ご冥福を祈りますと口では言いながらも、同じ境遇に耐える自信が毛頭ない自分がまぎれもなくそこに居る。