<<最初    <前    1  |  2  |  3  |  4  |  5    次>    最後>>

日本と中国

テーマ:ブログ

 昨日、辻谷工業の社長の話し、本当に素晴らしい方でした。講演の内容とはあまり関係ないのですが、講演中に中国の理不尽さについて話され、ある聴衆が「中国をこれと決めつけるのは危険だ。」と抗議して帰られた方がいました。私も少し言いすぎではと思っていましたが、中国人と日本人はやはり違いがあります。(当たり前ですが)違いを認め合わないと、いつまでも溝が深まったままであります。辻谷社長はその辺を知っておられたか否かはわかりませんが、辻谷さんの中国人の友人との付き合いの中で北京オリンピックボイコットの決断をされたのではないかと思います。

 

 ここ2~3年の事ですかね、マネ士の中国でディズニーランドそっくりの物を作ったり、日本の自動車メーカーのHONDAによくにたHENDAをつくったり(本当に変ですね)。でもある評論家にいわせたらこれは著作権などを重んじる欧米に対して割りと古来よりフリーなアジアとの違いだそうです。日本は中国からたくさんの文化を学び取り入れました、それらはフリーでした。(古代ですから当たり前ですが)そういうことで、日本からのものも中国は簡単に真似して来ました。だから、中国、韓国がコピーブランドが多いのもあながち不思議ではないそうです。(もちろんいいわけはありません。)

 

 本の内容の抜粋がのった雑誌に「中国人のビジネス・ルール 兵法三十六計」(梁増美著)が紹介されてあり、それによると中国人は人を「身内の人間(自己人)」と「外部の人間(外人)」にわけ自己人には儒教の精神、外人には兵法(計りごと)を用いるそうです。だから、ある意味、だます、いつわる、あざむくはあたりまえでそれを頭に入れてビジネスをしなければならない。それに対する予防策は兵法が使えない領域の自己人領域に入ることで、長い時間をかけて人情の通う関係を構築することだそうです

 

 考えて見れば、国内でも東京と大阪では商売が違うといわれますし、京都の人は本音を言わないといいます。毅然とした態度でお互いを認め合うことが大切なのかもしれません。そのためには中国のあの傍若無人な行動に対してでも、まずは、その根底にあるものを認めて、それから対処する必要があるのだと思います。

辻谷工業社長の事

テーマ:ブログ

 昨日の石井さんの話し、やはりすごい人だったのですね。君が代さんのコメントを見ていると、本当に長浜を愛して一生懸命生きた石井さんの人柄がたくさんの人に広がっているのを感じました。

 

 さて、今日は私が所属している中小企業家同友会の支部公開例会がありました。アトランタオリンピックからアテネオリンピックまで陸上競技の砲丸投げでメダル独占(全メダリストが辻谷工業製作の砲丸を使用)を果たしていて、北京オリンピックでは中国に抗議して砲丸の提供を断った方です。

 

 お話を聞いていて、確かに中国に対してかなり、不快感を持っておられました。中国人のお友達もたくさんおられるそうで決して偏見などを御持ちではないのです。しかし、中国批判があったためそれに反感を持って退場した方もおられました。私も始めちょっとおかしいと思っていました。しかし話しをよく効いていると社長はけなすように激しく言われるのではなく、優しく物腰低く話されました。確かにある本を読むと中国ビジネスの慣習の違いから、非常に人間として恥ずべき行為をする中国人は多いみたいです。実際に平気で真似や偽者を作りますしね。ただ、これは西洋と東洋の違いでもあるらしいです。

 

 さて、お話しは、迫力というものではなく、何か水の如くというか空気の如くというか、非常に自然体で話され、かくありたいと思いました。ちょっと遅いので今日はこのへんで、

石井英夫さんのこと

テーマ:ブログ

 昨日君が代さんのコメントの中に石井英夫さんの事が書かれていました。今日は、そのお話をしたいと思います。私が大学を卒業したころ、今までの散髪屋さんが廃業されたので、実家の近くに新しく出来た石井さんのお店に散髪に行ったのが始まりでした。待合席によく漫画や週刊誌がおいてありますが、そこにはビジネス書などもおいてありました。そのころ、研修に行った時に「シンボリックマネージャー」という本が紹介されてまして、たまたま待合席にその本がありました。それを読んでいたら石井さんは「これは面白いよ。」と声を掛けてくれました。その後、散髪のたびに、何回かお話しする機会があり私が「マスター(石井さん)は色々勉強しておられるんですね。」と言うと石井さんは「長浜が好きなんや。何人かで毎月集まって勉強会してるんやで。」とおっしゃっていました。そのひとつがおそらく、アートインザホー(後のアートインナガハマ)を開催するための集まりであったと思います。

 

 その後、アートインナガハマや園遊会、そして黒壁誕生など長浜のまちづくりが日の目を見ようとしているころ、石井さんは病に蝕まれ始めました。当時、当社に単身赴任で来ていた人もたちばなへ散髪に行っていましたので「専務(当時)、たちばなのマスター、かなり悪いらしいで。」と聞いてビックリ。ちょうどそのころ、私は石井さんに電話をかけ、おそらく苦しんでおられたんでしょうね、家族の方が留守で無理に電話に出したような記憶があります。その後、しばらくして亡くなられました。葬儀のとき、石井さんの弟子の一人、A君は、号泣しながら弔辞を読んでいました。何人かのスタッフも号泣していて、男は死ぬときに価値がわかるなと思います。先日、A君の店で話しをしていて、A君は「石井先生がなくなったとき、病室に入ったら、ただ寝ているだけで死んでいるとは思えなかった。」と言っていました。本当にやり遂げた美しい、いい顔で逝かれたのだと思います。

 

 何年か前、NHKの大河ドラマで「花神」という幕末の大村益次郎の生涯を描いたものがありました。春にさくら前線が北上します。花神という文字通り花を咲かせる神がいるのですが、花が咲いたときには、その神はこの咲いている場所にはもういないというのです。今のNHKの大河ドラマでもやっていますが、坂本龍馬、高杉晋作が明治維新を見ずに若くして暗殺されたり病死しました。西郷隆盛も西南戦争で亡くなり、大久保利通は翌年暗殺、木戸孝允は西南戦争の前に病死。あとを伊藤博文などが明治政府を作り上げて行きます。「時代を作った者は時代に捨てられる。」といいますが、前述の彼らは、自分らのしてきた事が今仕上がるというときに消えるのです。忘れていましたが、大村益次郎も日本の新しい仕組みを提案してさあ仕上げというときに、不満士族に暗殺され、あとを継いだ政治家たちによって彼の事業は完成します。

 

 石井さんを君が代さんが坂本龍馬のような人といっておられます。私は石井さんとそんなに深くつきあったわけではありませんので、書いている事も一部間違いがあるかもしれませんが、石井さんはまさしく長浜のまちづくりにとって、花神のような人であったのかも知れません。黒壁などによるまちづくりが軌道に乗り、北近江秀吉博覧会が未曾有の集客を成し遂げようとしているときにこの世を去られました。

 3年前、私も父が亡くなり、墓を作るために名越の墓地公園へ行きました。父の墓へ行く階段の途中に石井さんの墓を発見しました。その後お参りのたびに感心するのですがいつも、花がきれいにお供えしてあります。何か、石井さんらしい気がします。

 

 

 

 

イベントの秋

テーマ:ブログ

 夏休みが終了したなと思っていたら、もう9月も半ばを過ぎました。10月にはいると、長浜は色々な行事が目白押しです毎年10月の第1土曜日から2日間(本年は4日、5日)の日程でアートインナガハマ(AIN)が開催されます。それから11月まで豊公まつりや着物園遊会など。その他の地域でも様々なイベントが開かれるとか、愉しい秋の到来です。

 

 さて、今日散らかっている部屋に入ったら、平成3年の琵琶湖直流化イベントに関するものをまとめた報告書の冊子が出てまいりました。長浜青年会議所で活躍されたS酒店さんが当時事務局員だったKさん(Yちゃん)とイベントの司会進行だったか何か宣言文を読み上げているのかわかりませんが、お若い姿がありました。そのころ私はボーっと過ごしておりましたのであまりそれらに関わっていませんのでその熱い心を共有する事は出来ていないので残念ですが、冊子からは本当に熱さがにじみ出ていました。

 

 私が大学を卒業してから1番楽な道(実は一番つらい道)を選んですぐ当社に入社したころ商店街は「このままではあかん。」といって諸先輩方は様々なイベントをしておられました。どこの商店街でもやっているいわゆるダサいイベントですが思えばあのときの情熱があったからこそ、現在の長浜の成功事例と言うものが出てきているのだと思います。考えれば現在より当時の商店街のほうがまだ、地域の人には根付いていました。それでも時代の流れには逆らえませんので、もしあのまま放っておけば現在の大型店にすっかり飲み込まれてしまい街はゴーストタウンになっていたと思います。

 

 さて、昭和60年に豊公園で始まったアートインナガハマ(当時はアートインザホー)も20年以上続いてきました。会場が商店街に移って久しいのですが、形、内容も変化して来ております。本年はいつも初日の夜に行う、作家と市民の交流会をナイトアインという形で一部の作家の方にそのまま夜も続けていただき、気楽な形で芸術談義に花を咲かせていただけるように考えております。芸術は変化があり、愉しい、本年のアートインナガハマに期待しましょう。

引き際

テーマ:ブログ

 今年限りで引退を表明しているオリックスの清原が9日より欠場しています。なんでも峰か織炎になったとかで、先日の私がバイキンマンにやられたのと同じ病気です。彼の体を見ればわかりますが、まるでドーピングに引っかかりそうなくらいぼろぼろですから、今年限りというのもわかります。何でも大阪ドーム(京セラドーム)での引退試合のチケットはは発売開始後すぐに売り切れたとか、何とかいい引退をして欲しいものです。

 

 今日は敬労の日、私の父のように76歳で死ぬ3日前まで仕事をする人もいれば、50歳前に儲けるだけ儲けてあとは悠々自適という人もいます。実際にどちらがいいのかは人によるかと思いますが、その前の引き際と言うものは大切ですね。

 

 先日の大相撲の北の湖理事長は、後味の悪い引き際でした。彼は現役のときも、現国技館の土俵に立つまではということで、怪我が相次いだ晩年は土俵にしがみついている感じでした。相撲の世界は厳しく、清原や新庄のように「今期限りで引退。」はいえません。引退を決めたら土俵には立てません。それは試合の相手に余計な気持ちを抱かせることになり失礼だからです。北の湖は素晴らしい力士で私は大好きな力士でしたから現役の時は、理由がわかりますが今回のは、相撲の美学に反するのではと思っています。

 

 人生、順調なときばかりではなく、「引く・退く」ということは、どんな人でもあると思います。あるときにおいては人生を左右しかねないときもあります。上手な引き際、潮時というものを先人たちから学びたいものです。

<<最初    <前    1  |  2  |  3  |  4  |  5    次>    最後>>

記事テーマ一覧

最近の記事一覧

カレンダー

<<      2008/09      >>
31 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 1 2 3 4

ブログランキング

総合ランキング
13位 / 1569人中 up
ジャンルランキング
10位 / 816人中 up
日記/一般

フリースペース

HTMLページへのリンク

プロフィール

ぱんやさん

長浜の大手門通りの米嘉席のところで「正しい材料、正しい方法、正しい姿勢」をモットーにパン作りに励むパン屋です。

ホームページ

お気に入りブログ

最近のトラックバック

参加コミュニティ一覧