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15日はいろいろあります

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 今日は1月15日、数年前までは成人の日でした。昨日豪雪の話しを書きましたら、成人の日が大雪であわや中止になりかけた人もあったようです。今日テレビを見ておりましたらちょうど70年前のこの日の大相撲で大横綱の双葉山が後に横綱になる安藝ノ海に敗れ、70連勝ならずだったそうです。当時は年2場所制、つまり双葉山は3年間負け知らずだったことになります。なお、安藝ノ海はそのあと双葉山に1度も勝てませんでした。

 

 ラグビーも日本選手権といって学生と社会人のチャンピオンが対戦して日本1を決める試合がありましたが、両者の力の差がつきすぎて現在はやりかたが変わっています。

 

 

 さて、15日、もう正月は終わりです。あけましておめでとうはもう言わなくてもよいと思うのですが、1月の終わりごろでも組織によっては初の会合の場合では最初の挨拶に「おめでとうございます。」を言われる方があるみたいです。

 

 私はそんなことを言ってはおれません。毎月1日と15日は、当社の神棚とお稲荷さんのお供えを取り替えます。本当は毎日しなければならないのかもしれませんが、親父が生前からそうしています。気分をチェンジする意味でも大切なことなのかもしれません。

 

 それと、毎月15日は当社の支払日です。なんでこんなにすぐ来るのか。以前申し上げましたように「給料日と支払日がすぐ来るのは経営者」です。正確に言えば「儲けていない経営者」でしょうか。

 

 給料日や支払日を「社員や取引先の喜ぶ顔が見たいから、この日が来るのが待ち遠しくてたまらん。」と言えるような経営者に早くなりたいですね。

豪雪の思いで

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 松男さんが雪の思い出について述べられましたが、今日社内で、若い子と私より年上の人とが豪雪の事を話していました。若い子は当然、スキー場みたいな豪雪を知りません。

 

 有名なのが38豪雪、52豪雪、56豪雪、59豪雪でしょうか。日本国全体(とはいえ雪国だけですが)で大雪の年にはこういう名称がつけられていますが、長浜では昭和50年か51年にも豪雪がありました。確かそのときに当時の日本最高積雪を伊吹山山頂が記録(10M以上)したと思います。とにかく昭和50年代は豪雪の年が多かったのですが、60年以降は殆ど積もりません。3年位前に1月が殆ど雪の時がありましたが積雪量はこれらの年に比べたら少ないものでした。

 

 

 38はさすがに記憶にはないのですが、私が1歳の誕生日に雪の中をてくてく歩いている写真が残っています

 

 52は中学3年の時。1月4日、京大分科(化)会でしたかね。高校入試のための模擬試験がありました。学校へ行くとN先生が雪かきをしていました。「オーイ、手伝ってくれ。」といわれましたが、重要な試験の日、皆それどころではありません。あかんな人間性が出ますね~。そんな思い出があります。

 

 56は大学1年生。年末年始にすごく積もりまして、1メートルくらいあったでしょうか。冬休みが終わり京都の下宿へ戻らねばなりません。長靴を履いて吹雪の中家を出ました。米原駅から電車に乗ります。彦根は少し減りました。犬上川を渡ると田んぼの土が見え始めます。能登川で完全に消えました。京都駅からバスに乗り換え。私以外は誰も長靴を履いていませんでした

 

 59は大学4年生。この年の雪はすごかった。京都まで積もりました。大家さんのお子さんに雪だるまと滑り台を作って遊んでやりました。(それくらい積もったのです。)そしたら、大家さんが2000円くれました。「そんなもん受けとれません。」と言ったのですが「孫があんだけ喜んでくれて、あなたには何か普段からしたいと思っていたんや、受け取って。」と。小市民で貧乏学生の私は受け取ってしまいました。あきませんね。

 

 

 そのあと、卒業するので下宿を引き払ったのですが、前日雪で翌日も雪、わずか1日の晴れ間でした。引越し翌日、たまたま商店街の視察旅行があり、私も親父と一緒に行きました。奈良と松坂へ行きました。大雪に巻き込まれ高速を走る事が出来す、帰宅が夜中の2時になったことを思い出します。

 

 

 長々と思い出を書きました。思い出している内に気がつきました。豪雪で確かに交通がストップしたことはありました。それでも、「いまよく言われる交通マヒはなかったなー。」「雪かきもしやすかったなー。」と思います。

 

 

 商店街は当時から除雪をしないため市民が怒っていると新聞に書かれました。当然です。雪かきをしても雪を捨てる場所がありません。また商店街とは違うところにある自宅前にも1M位の溝が流れていましたが今はふたがしてあります。そのため今では除雪が困難です。車の量も多くなり、電車も昔は1時間に1本で5時汽車、6時汽車と言っていたのが2~3本あります。都会なら1時間に10本、そら少しの雪でマヒするはずです。

 

 ある意味、ギリギリの世界で生きていることの証明なのかもしれません。

皇室状態の大手町山組

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 本日、曳山祭りの大手町山組の若衆筆頭と副筆頭が来られました。先日の新年総会で長老のKさんがおっしゃったように非常に厳しい情勢ですので、彼らも真剣です。

 山組はおおむね45歳までの若衆とそれ以上の中老から成り立ちます。若衆が祭りの執行に関する実行部隊、中老が曳山を動かしたり、全体の運営というところでしょうか。中老は長寿社会になり親子で中老と言う人も数組あります。山組によっては町の戸数が少なく、若衆と中老の役割分担ができずに総祭りという所も出てきています。

 

 さて、曳山祭りと言えば皆さんご存知の子供狂言。特に大手町の理念は「芸は一番」でありまして、芸の出来が祭りの成功を左右いたします。役者は6歳~12歳くらい(小学生)の男子が行います曳山には女性は上がる事は出来ません。シャギリは女の子も多くやっていますが、曳山の横でしか演奏ができません。一部の人が差別だとか規約を変えろといいますが、男子禁制の場所もあるので、そう言う伝統を崩すのは文化の崩壊であります。

 

 

 とはいえ、大手町は現在皇室状態になっています。若衆のお子さんが不思議と女の子が多いのです。今の筆頭のお子さんも女の子であります。前回、前々回は自町の子供は一人だけあとは全部借り役者でした。他の山もそう言うところが多いようで上手な役者さんは本当にスターになり、来年はうちの山でお願いしたいと頼まれることもあるようです。若衆の筆頭は出番でない時は他の山の芸を見て、めぼしい役者をリストアップしています。

 

 借り役者も昔は山とつながりがある家の子に限られたりしましたが、今では若衆のつながりで役者をお願いするところもでています。役者親の中にはそのままその山組みの若衆になる人もいるようです。

 

 そんなことで大手町内では男の子が生まれたらまさに「宮様扱い」(私が勝手にそう言っているだけかもしれませんが)。大喜びしています。(女の子が生まれても喜びますよ。当然)

 

 今まで述べてきましたように、山組みの環境が変化し「山組の町内の祭り」から「市民の祭り」へとしていかねばなりません。極端なことを言えば外人の若衆や役者が出てもおかしくありません。

 ただ、そのためには仕組みを変更する必要があります。大相撲は急激な外人(モンゴル人)勢力で狂ってしまいましたが、そうならないために、いや、むしろ祭りのよりよい発展のために議論していく必要があると思います

成人式と残り戎

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 最初にお詫び申し上げます。本日の油甚さんのブログにあるように、以前私が「長浜より北に戎さんはない。」と申し上げました。何か引っ掛かっていたのですが、八木浜にありました。十日戎も10日、11日と行われました。良く調べて書かな開きません。まあ、「八木浜も長浜、長浜が北限には変わりないのだからいいんではないですか。」と某国の首相のようにいいわけしましょうか。

 さて、本日は残り戎ですがハッピーマンディの成人の日の前日。多くの自治体が遠くから帰省している人達がゆっくり同窓会ができるようにと、成人の日の前日に成人式を行うのが増えているようです。十日戎の巫女さんたちも何人かが成人式で今日はお休みしていました。

 成人式が荒れているといわれて久しいのですが、最近では無茶苦茶するのは外にいるようで屋内での行事は比較的スムーズに行われているようです。私の時は15日が成人の日。私は誕生日が16日、翌年回しかなと思っていたら学年ごとにするということで一緒に市民会館で行いました。そのときいただいたアルバムに長浜の写真があります。当時はバイパス8号線沿線は田んぼ。長浜楽市などはなく、先日解体されたパチンコ店のニュー湖岸があるだけでした。

 成人式後、本家の祖母に挨拶に行こうとしてバイクで一旦停止を忘れて生まれて初めて反則切符。そのとき「君は未成年なんだな。」と言われたのを覚えています。

 さて、大人になるということはどういうことなのでしょうか?いくつになっても、「私は大人やさかい、こんなことでは怒らんで。」というように「大人学」などがあります。また成人どころか而立(30歳)、不惑(40歳)、知命(50歳)になっても大人になれないといいます。へたしたら、有名人や政治家にも大人になれない人がいるようです。

 実は本日、十日戎の最後に、「特別御祈祷」を受ける機会がありました。改めて、この1年を頑張る意味でリセットできたような気がします。

 本当は昔の人が14歳で元服の儀をおこなって、新たなる出発をしたのに、このようなことが成人式で行われていない気がします。大人への誓いをしっかりやる事が必要だと思います。私もそのあたりが甘かった気がします。

 新成人には今日の日を新たなる出発としてしっかりリセットしていただきたいと思います。

 

十日戎のまかない

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 本日、3時過ぎからと遅くなりましたが、十日戎の吉兆販売御奉仕に行ってまいりました。毎年、行かせていただいているのですが、色々な人が来られます。福笹の販売をしておりますと、予算に合わせて米俵や鯛、蔵、小判、熊手などをつけます。会話の中でちょっとおまけしたり、無料のもので豪華に仕上げるなど十日戎ならではの愉しいひと時もあります。

 大体3000円から5000円クラスが多いのですが、気持ち良く買われる方もいれば、ねぎり倒される方、値段はそのままで少しおまけをと人間性が良く示されます。

 また巫女さんたちも、一生懸命やってくれまして、毎年巫女さんは入れ替わりますが私達は年をとりますので、そのあたりが面白いです。

 さて、十日戎の御奉仕に行きますと、昼と夜の賄いがあります。食事は奉賛会の婦人部のかたがたに作っていただきます。今日はぶり大根と味噌汁、金平ゴボウやぬたのあえたもの、たくあんなどの漬物でした。日本酒をやかんで燗したものも出ます。

 食事は交替で参集殿で取ります。皆でわいわいがやがや。寒い中にいますので味噌汁が美味しい。やはり大鍋でたくさん炊いてしますのでいいですね。それにご飯は小櫃に移してあるので本当に美味しいです。

 某豆腐やさんが言っておられました。大皿に盛り付けたおかずを指して、「家で食べたらそんなに美味しいとは思わんけど、こうやって食べると美味しいな。」と。彼の奥さんの料理の腕が悪いのではなく、みんなで食べると美味しいねということなのです。

 こういう暖かなふれあい。色々な人が役割を果たして今年も明日11日の、残り戎のみとなりました。大雪が心配されますが、この温かい心で、この長浜、そして日本を心豊かな温かい国にして行きたいものです。

 

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