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メジャー観戦記3

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 昨日間違った記述をしておりました。ニューヨークのペンステーションでワシントンーニューヨークのメトロライナーの予約をしたと書きましたが、そこまで余裕があろうはずはございません。その時は時刻表だけもらって、のちにワシントンD・Cのユニオン駅で指定席を取りまして、後に早いのに切り替えたのが、その時のメトロライナー乗車の様子でした。



 さて、ボストンで1泊した翌日、天候は雨でした。そしてやはり北です。寒い。4月下旬でしたが3月中旬のような気候でした。ボストン観光した後、レッドソックスの本拠地、フェンウエイパークへ行きました。そこのスーベニアショップでなぜかシンシナティ・レッズのペナントを買いました。



 その日はレッドソックスとどこの試合かは忘れましたが、19時半試合開始でしたが、誰もお客さんらしき人は16時頃でもいませんでした。その日、遅くなると宿を探すのが難しいし、天気予報をテレビで見ると、ナイアガラの方は雪のようなことが言っているようでした。ワシントンへ行こうと思い、バスに乗ることに。バスがニューヨーク経由でワシントンへ向かいました。バスの中からフェンウエイパークが見えました。試合をやっている様子でした。すごいなこんな雨でもやるのか。


 ニューヨークへ真夜中に着き、しばらくしてワシントンに、朝つきました。桜はもう散ってしまっていました。そこで、アメリカ人と色々と話しました。ようやく英語に慣れてきました。


 私も少しは賢くなりました。例えば「ここはどこですか?」と聞けば「***。」と答えますが、その***をしっかり聞けば何とかなるのです。そうやって流れで理解するようにしました


 2日間ワシントンで過ごし、メトロライナーに乗ってニューヨークに。途中で、隣に座ったのがマツダのアメリカのサラリーマンでした。彼も日本語を少し習っていると言って、「オメニカカレテウレシイデス。」と言ってくれました。


 私が「マツダは日本にプロ野球チームを持っている。」と言うと、彼は「カープ!」と答えました。広島がオリオールズと試合したことを言うと、知らなかったようで(それくらい日本の野球は当時関心を持たれていませんでした)。広島が第1戦は勝ったが、2.3,4,5戦と敗れた話をすると彼は「日本は野球の歴史が浅い、何年かすると追いついてくるだろう。」と言いました。



 そうして、色々と楽しい話をして、ニューヨークへ着いて別れました。



 さて、ニューヨーク。ヤンキースとインディアンスの4連戦で1回だけでも見ようと思いまして、次回、ついに憧れのヤンキースタジアムに行きます

メジャー観戦の思い出

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 アメリカへ渡った私は、自分の英語力のなさに改めてびっくりしました。3年前に大学を卒業する前にわが母校の同窓会主催のヨーロッパ旅行に参加し、英語が大の苦手科目であった私の英語でも意外と通じることに面白くなりそこそこは行けると思っていましたが、それから3年の月日は大きなブランクでした。


 ニューヨークのケネディ空港に降りて、どうしたらいいか、警察官に聞くと、彼の英語がさっぱりわかりません。警察官は日本人を捜し、その日本の方が親切に、その日泊まるホテルへ行く方法を教えてくれました。そのあと、警察官は「私は東京へ行ったことがある。東京とニューヨークの夜は全然違う。ベリーベリーベリー・・・ケアフリー。」と言いました。


 ホテルに着いてホテルの従業員にクーポン券を見せると、不愛想に応対します。そしてホテルマンが部屋を案内してくれました。「日本人か韓国人か?」と聞くので「日本人。」と答えて部屋に行くと、知らん顔をする私にチップを要求します。


 翌日、親切なホテルマンがいて、今いる場所をしっかり地図上で教えてくれました。そして、ニューヨークの街を歩いていると、私の好きな格闘技の聖地でもあるマジソンスクエアガーデンがありました。そしてそこの地下にペンシルベニアステーションがあり、当時のアメリカの新幹線というか特急列車のメトロライナーの乗り場でした。そのとき、午後からのボストン行きのバスに乗ってボストンへ行き、ボストンの後ワシントンへ夜行バスで行き、そしてニューヨークに戻る計画を立てました。というのは、私が見たいメジャーの試合が、その日からボストンでレッドソックスの試合、数日後にニューヨークのヤンキースタジアムでヤンキース対インディアンスの試合が組まれていたからです。それに合わせてワシントンーニューヨーク間の指定席を取りました。



 そして、私はボストンへ。バスに乗るとおばさんがどこから来たのか?ボストンへ行くのか?などと聞いてきます。そしてボストンへ向かいました。夜遅く、20時か21時にボストンへ着きました。バスを降りた瞬間に思ったのは、喧噪のニューヨークの後でしたので別世界。「なんと落ち着いたいいまちだな。」と思いました。さて、本日泊まるとこを探さないと。地球の歩き方を見て、めぼしいホテルを探します。YMCAがみつかり、電話をしました。相手が出て「しまった。英語で話さなアカン。」必死にしゃべり、ホテルを予約。さて、そこまでいかなアカン。学生らしいカップルに尋ねると相手の言葉がわからん。二人はバスを教えてくれ、運転手に最寄りの停留所に着いたら教えるように言ってくれました。着いて降りると他の外人が親切にまた教えてくれました。


 YMCAに着くと、キーと朝食券をくれ、シャワーを浴びました。ちょうどボストンマラソンが終わったころでしたので完走者の名簿が貼ってありました。また、NBAのプレーオフのころでテレビで放送していてアメリカのプロバスケットの迫力に魅了されていたところでした。


 翌朝、また学生に聞くとわからないので、親切にバスターミナルまで乗せてってくれまして、これでボストン観光をしました。(続く)



 

メジャーリーグの思い出

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 先ほどテレビを見ていたら、私にとっては永遠のスーパースター長嶋茂雄さんと一緒に国民栄誉賞を受けた松井秀喜さんがヤンキースの元同僚で昨年引退した名選手・ジーター選手を故郷の石川県に連れてきて案内し、松井家の日本のおもてなしをするという企画が放送されました。



 私が結婚した1995年。阪神大震災や地下鉄サリン事件など、日本を本当に悲しみのどん底に落とした事件が多い年に、日本から一人アメリカに渡り、ストで送れたメジャーリーグで活躍したのは野茂英雄投手でした。打ちひしがれていた日本人に本当に勇気を与えてくれた彼の活躍でした。
 その年に、私はなぜか結婚式の日取りを決める際にメジャーの日程を組み入れるのを忘れまして、新婚旅行でメジャーの試合を見るということができませんでした。着いて、トラブルでバックを置き引きされるという災難の日にメジャーのワールドシリーズでブレーブスが優勝した瞬間をガイドさんの車の中のラジオで聞きました。



 そのころは日本でもBS放送が当たり前になっており、メジャーリーグの試合中継が当たり前のように見られるようになっていました。


 それでも今でも思い出します。29年前のことです。
 パン学校を卒業したばかりの私は現場に私が居なくても差支えがないこの時期にアメリカへ行こうと思いました。当時、東工大大学院へ行っていた友人がアメリカ一人旅をした話を聞きまして私も行きたいと思ったからです。それとメジャーの試合を見たいと思っていたからです。


 当時はインターネットが普及していないころ、地球の歩き方を見て、東京にそのころは居たので、皇居近くにあるアメリカの観光局に行きまして「大リーグの日程がわかる資料はありませんか?」と聞きますと、出してくれまして、それを高いコピー代を払ってコピーして来ました。


 そして旅行社に行きまして、大阪発のニューヨーク行のエアーオンリーの旅行プランを予約しました。そうして、29年前の今ごろだったと思いますが、アメリカへ旅立ったのでした。


 メジャーリーグは当時は大リーグと呼んでいたと思います。日本とメジャーの力の差はかなりありました。私が小学生時代にONなど全日本が作れるチームの巨人でも大リーグのオリオールズなどには全く歯が立ちませんでした。観光気分で来ていたメッツやロイヤルズにいい勝負をしたくらいでしたかね。レッズなどには全日本でやっと勝てたくらいでした。


 私が行く2年前にプロ野球50周年の企画で日米ワールドシリーズと銘打ち、前年度大リーグチャンピオンのオリオールズとその年日本一の広島が対戦。5回勝負で初戦は広島が勝ちましたが残り4戦は負けという結果でした。


 そんなこんなでアメリカへの一人旅の始まりでした。続きます。初の連続シリーズです。

美女と野獣

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 朝のワイドショーなどで、不細工芸人と言われるバナナマンの日村さんが元NHKの美人アナウンサー神田愛花さんと同棲しているとかいう記事が私の大嫌いな写真週刊誌に載って、それを日村さんなど関係者が認める発言をしていることが放送されていました。


 また、くだらない話題を載せてすみません。



 ちょっと興味を持ったのは、この世の中の男女の組み合わせで、いろいろ言われています。誰もが羨むほどの美男美女カップルはよく言われますが、まあそんなのはあまりお目にかかることができません。


 不細工な男性と美しい女性の組み合わせをよく、美女と野獣などと言われます。ミュージカルにもあるみたいですね。


 以前放送作家のすずきおさむさんのエッセイをもとにした「ブスの瞳に恋してる。」というドラマがありましたが、あれはかっこいい男性とあまり美しくない女性の物語で、これはすずきさんと森三中の大島さん夫婦の実話をもとにしたものでした。すずきさんはそんなに男前ではないことが事実とは違いますけどね。




 さて神田さんは日村さんのどこに惚れたのか、「顔に惚れた。」そうです。確かにあのように面白いことを上手に言って楽しくさせることができると人は何か惹かれるものなのかもしれません。


 先に述べた美女と野獣という組み合わせは、バランスが悪いように思うのですが不思議と似合っていることが良くあります。えてしてそういうものなのかもしれません。



 さて私とバタコはどうかと。

 「もちろん、美男美女に決まってますがな。」とは、よう言いません(笑)

東大90連敗

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 先ほどニュースで知ったのですが、東京六大学野球で東大がリーグ戦90連敗を喫したそうです。リーグ戦は各大学が総当たりで3戦勝負しますがどちらかが2連勝すればそれで対戦は終わり。1勝1敗もしくは1分けのみ第3戦が行われるようです。


 リーグ戦は春と秋がありますが、各季の対戦相手は5大学、全廃すると10敗。つまり9季連続全敗したのと同じ、4年半白星なしということです。東大の選手は入学以来勝利の味を知らないということになりますね。




 実際に日本の学生野球でレベルは東京六大学リーグ、東都リーグ、首都リーグは一番レベルが高いと言っていいでしょう。そんな中で東大ははっきり言って他大学の2軍と変わらないレベルだと思います。それでも時折勝つということがあるのですから野球は面白いですね。柔道で東大や京大が東海大や明治大に勝つということはまず考えられません。



 実際に何度かここでお話ししておりますが、東大がそこそこやったときがありました。私が高校時代に東大が50連敗近くしたのをストップしたのは、虎姫高校出身の国友さんが投手でした。国友さんは東大に行って東京六大学で野球がしたいということで浪人されたと聞いております。そのあと私が大学2年の時だったかな、東大が赤門旋風を引き起こした時がありました。その時にこれも何度もお話ししておりますが、昭和56年春のリーグ戦で早大、慶大から勝ち点を挙げたと思います。早大を何と連続完封。その2戦目が先ほどから話に出る国友さんが投手で、また本塁打を放って早大を破りました。国友さんはリーグ戦で2勝を挙げているということになります。


 その他ではこの3月までNHKの21時のニュースで長年キャスターを務めていた大越さんがエースの時も何勝か上げていますね。


 このように勝つとニュースになる東大。プロ野球選手も過去に3人くらい出ています。今年、ロッテに入った京大の田中投手はもう少し期待されていますが、東大の選手は野球がダメでも東大卒ということで何か使える、さすがに東大というところでしょうか。



 先述の国友さんも東大だから選手として出られたのであって、早慶明法ではおそらく試合に出ることは難しいでしょうね。立教ならひょっとしてと思いますが。



 虎姫が甲子園に出ることが難しいのなら、東大か京大で頑張って国友さんのような活躍をして欲しいですね。一度全日本大学野球選手権に大阪大が阪神リーグ代表で出たことがありましたね。東大と京大のリーグはレベルが高いから難しいでしょうけれど。


 虎姫の野球部諸君も甲子園が無理でも学生野球につながる練習をして欲しいものです。
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