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長浜姉水会広報から

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 先日、虎姫高校の同窓会の長浜支部である長浜姉水会の広報が折り込みにあり、会員にも送付されて来ました。毎年、総会をやっておられるのですが昨年はサッカーJリーグのジェフ千葉の元社長で虎姫高校12回卒の岡健太郎さん(旧・びわ町出身)の講演があり、それが載っていました。

 

 昨年、オシム前日本代表監督が倒れたあとでしたので、日本代表の前にジェフ千葉の監督だったオシム氏の話しを中心にされました。私は岡田監督には悪いですが、日本は、サッカーに対する考え方や取り組み方を、まだまだ欧州や南米から学ぶべきであり、日本人監督では力量不足で経験豊富な外人監督でなければ難しいのではないかと思います。前回のW杯はジーコ監督でしたがオシム氏に劣らずサッカーに対する考え方の語録はありました。ただ最後のドイツ大会での惨敗後のコメントはちょっと残念でしたが。

 

 岡さんの講演で、オシム氏のことばに、「日本人が本当に強くなりたくないのか。」「意識改革の必要性、チームは社長が変わらないと変われない。」「意識改革が必要なのは社長まずあなたです。」「社長の「これでいい。」の姿勢はすぐチームに伝わる。」など、いくつか所謂オシム語録といわれるものに出てきたものがありました。そして、岡さんは「キーワードは夢を持つこと」の中でオシム語録の真髄を話しておられます。

 

 岡さんはある日の練習前にオシム監督、通訳を交えてF1レーサーの故Aセナの「多くの人間は極限まで努力するが、そこまで、・・・トップの座を保つには極限を超えた努力をしなければならない。」のことばを引用して選手たちに話したそうです。オシム氏は練習後に「社長「極限に挑戦する」の極限とはなんですか?選手は理解できただろうか?もう少しわかりやすく説明して欲しい。」と聞いてきたそうです。岡さんが答えたところオシム氏は「社長は自分の潜在能力の限界を予測できますか?」と聞かれ、そのあとで「極限(限界)を夢(目標)に置き換えたらわかり易い。夢は大きければ大きいほどよい。大きな夢を持って一歩一歩挑戦している人は素晴らしい人だと思う。私の仕事はサッカーを通じて選手の夢を叶えてやる手助けをするだけで、「夢」のない選手には私はまったく無力である。」と語ったそうです。岡さんも「目からうろこだった。」と言っておられますが、私もそうです。

 

 岡さんは今年の2月に長浜青年会議所でも講演されたそうで、講演の中身はわかりやすく、実際に社長としてしなければならないものを教えていただいた気がします。ドイツ大会の惨敗後、オシムとジーコの順番が逆だったと言う人もいますが、どちらにしても日本のサッカーが欧州、南米と本当に互角に戦えるようになるためには、オシム監督はじめサッカー先進国の指導者の力が必要なのかもしれません。そして、それを上手に引き入れる岡田監督の度量が大きいことを祈ります。

 

 

 

ご両親への挨拶

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 10月は芸術やスポーツの秋本番でもありますが、結婚式が多いシーズンでもあります。前の体育の日でもある本日は晴れの特異日でありますので祝日時代は、結婚式に人気の日でありました。

 

 よくドラマでも出ていますが恋愛結婚なら特に男が女性の家へ行き相手の親に「・・・さんを僕に下さい。」とか「結婚させてください。」と挨拶に行きます。これは、感動の場面ですね。私は見合いでこういう光景はありませんでしたが私の妹たちは2人とも恋愛だったので、それぞれに違う光景がありました。末っ子の妹はご多分に漏れず親父が一番かわいがっていましたので、1回目はそれを察した親父が話を色々そらして切り出させない。2回目はちょうど私の話しがまとまりかけていて男が言い出せない。3回目にやっといえたという、面白い事がありました。

 

 さて、本日ある雑誌にこんな歌が詠まれていました。

 

結婚の許しを我らに乞う男性(ひと)と 

          並ぶ娘の目に涙見る」(大前和子さん)

 

実は私にはもう一人妹がいます。この歌を見たとき、その妹の時のことを思い出しました。妹は当時NHKのディレクターをしておりまして職場でNHKカメラマンのM君と知り合いました。そして、数年後に二人で挨拶に来ました。そのとき私は仕事中にたまたま帰ったのですが、M君が親父に挨拶したときに妹が涙していたのを忘れることが出来ません。

 

それから、5年半後、21世紀に入ってすぐの2001年1月17日、モンゴルで取材中のM君は、乗っていたヘリコプターの墜落事故により亡くなりました。葬儀や慰霊祭のときにNHKで彼が出た場面のVTRが流されましたが本当に「いい顔」で取材や放送をしていたのが思い出されます。

 

 本日、ひょんなことから思い出して書いてしまいました。結婚の明るい話しが暗い話しになってしまい申し訳ございません。

王選手ありがとう

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 王監督が最後の試合を終えました。タイトルに王選手としたのは、私にとって王貞治は小学校から高校生まで最高のバッター、ヒーローだったからです。私の世代は野球をスポーツ少年団ではなく遊びでやった世代です。遊びですから人数が少ないと三角ベース、狭いところならテニスボールを使って庭球野球、それも狭いと手打ち野球など、本当に遊びでやりました。プロ野球を私が知ったのは小学校4年、今でもはっきり覚えている試合は甲子園での阪神ー巨人。阪神の先発は監督兼任の村山、試合は何回か忘れましたが、王が村山からラッキーゾーン(当時)にあざやかな2ランホームランによる2-0で巨人の勝ちです。 

 そして、V6を成し遂げた日本シリーズの巨人ーロッテ。巨人があっさり3連勝。第4戦だけON連続ホームランも及ばずロッテが勝つも巨人の4勝1敗で終えたシーズンが私のプロ野球との出会いでした。

 

 長嶋は翌年首位打者を取りますが、私にとっては絶頂期を過ぎていました。王は本当に絶頂期でした。この二人に共通するのは、「私たちこども(当時)が将来立派な人になるためのお手本。」であったということです。今回、王監督はどの方も言われるように気配りが出来る方であるといわれます。王監督の人間性を語るコマーシャルがあります。

 リポビタンのCMだと思うのですが、王選手が練習後、子供たちにサインをしています。バスが出るので

王選手「今日はこれでおしまいね。」

子供たち「あー。」

ボールを持ちながらポツンと残っている少年

ナレーション「小さいころ与那嶺さんからサインをもらった。僕のサインで誰かが喜んでくれる。僕のサインで・・・」

サインをして上げる王選手、喜んで走っていく少年、じっと見守る王選手

というものです。王選手は中学時代、当時巨人の中心であった与那嶺(後の中日監督で巨人のV10を阻止)の大ファン。球場に駆けつけ、あこがれの与那嶺にバッタリ。王少年は「与那嶺さんサインして下さい。」と差し出したら、与那嶺選手はにっこり笑ってサインをしてくれたそうです。普通なら無視されるかしかられる場面だったといいます。この思い出から王選手は出来るだけ嫌がらずにサインをすることを心がけたそうです。

 

 小学校の卒業文集で、ある先生の寄稿の中にもありました。巨人に入団した選手はコーチから「一度王選手と握手してもらって来い。」といわれるそうです(当時)。なぜなら王選手の手は豆がつぶれてごつごつしており、「あれだけの大選手でも。」ということで努力の大切さを知らせるためにだそうです。

 

 後に審判もきわどいコースを王選手が見逃せばボールの判定になり、「王ボール」といわれたことがありました。「王選手が見逃すのだからボールだ。」というわけです。

 

 とにかく記録面でも記憶面でも私にとって永遠のヒーロー並びにお手本の王選手。王選手を見習えと言われた私。努力をするというところは見習わなかったけど、人間として恥ずかしいことをしないことは、王選手から学ばせていただきました。このような選手、子供たちに「**選手のようになれ。」というプロ野球選手がどれだけいますかね。いや私を含めて大人達も。  

ノーベル賞

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 ノーベル物理学賞を3人の日本人科学者が受賞のニュースが飛び込んできました。うれしいですね。日本人6年振りとのこと。オリンピックの金メダリストと同じで、日本人はなかなかありません。アメリカ人はこれもオリンピックと同じ、毎年受賞しておられます。

 

 ご存知のようにノーベル賞はダイナマイトを発明したノーベルが、爆薬によって戦争が悲劇的になることから、自分の財産をあらゆる分野で世界に貢献した人に使って欲しいということで制定されたものです。始めは平和賞、物理学賞、化学賞、医学生理学賞、文学賞の5賞、その後、経済学賞が加わり6賞あります。日本人は経済学賞のみ受賞がありません。何でも、選考の際に欧米よりの傾向が見られ、私たちが偉人として習った野口英世や北里柴三郎は候補にまでなりましたが、受賞できませんでした。

 

 今回は3人の方が同じ研究で受賞とのことで、名古屋大学は大喜びのようです。私も受賞者の一人の益川敏英さんが我が母校の教授ということで、喜んでいます。(私の在籍時にはおられませんでしたが)昨日、インターネットで見ていて母校の名前が書いてあるのですが、京大名誉教授とありましたので、「腹立つ誤植だなー。」と思っておりましたが誤植ではなく2003年我が母校の教授になられていたということで喜んでいます。ただ、我が母校はノーベル賞受賞者の学校として価値がないというのですかね?どうして新聞は併記するか現在の在籍でださないのですか?これが、今回ちょっと気に入りません。私のひがみでしょうか?フジテレビはちゃんと出していましたよ。

 

 先に述べた北里柴三郎も今回の南部さんも、弟子はノーベル賞をもらうのにその元の研究をしている人は、もらえないというように、やはり壁があったようです。壁を破ってくれたのは湯川博士、それから何人もの受賞者によって日本、アジア、黄色人種の力が認められて行きました。物理学賞は研究の成果が証明されるのに20~30年かかると言われます。今回のも私が高校くらいのときに出されたものだそうです。日本の科学者たちに乾杯!

ふれあいの商店街

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  アートインナガハマの真っ最中に、当商店街にあるK食料品店創業者のKさんが80歳で亡くなられました。知らせを聞いてビックリ。総務担当の私は葬儀の日程などをお知らせする手続きなどをいたしました。名前が通称であった事も初めて知るなど思わぬこともありました

 

 商店街の役員に手伝いを依頼されましたので、昨日のお通夜、本日の告別式と行ってまいりました。最近検査などで入院された事はあったようですが、お元気で、今回もすぐに退院できるような病気であったということです。しかし高齢というのは油断できないもので心臓などが弱っていますから思わぬ方向へ行き、命を落とすこともあるようです。

 

 告別式で焼香後に挨拶をしたとき、奥様が私に「お父さんのとこへ行かーたんや。」と言って頂いたときは私も思わず涙が出ました。Kさんは亡父より1年上、よく、二人は話していたのを覚えています。もう亡くなってから3年も経つのにこれだけ思っていてくださったことに嬉しくなりました。

 

 商店街は「人と人とのふれあいがある。」「お客様との会話がある。」などいわれています。お客様とのふれあいも大切ですが、商売をしている中でお互いのふれあい、切磋琢磨、これは無くしてはならないものです。先日、「み~な」で「北近江のええもん」として、後世に残したいものを紹介しておられましたが。この、長浜の商店街がその中に入るようにして行きたいものです。

 

 

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長浜の大手門通りの米嘉席のところで「正しい材料、正しい方法、正しい姿勢」をモットーにパン作りに励むパン屋です。

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