子どもの睡眠と寝具に関する一考察
テーマ:眠りのお話
2011/12/14 11:25
先日、高月保育園で子どもの眠りについて講演をさせていただいた。
そこから、まとめてみた小論文である。ご一読いただければありがたい。
子どもの睡眠と寝具に関する一考察
吸湿発散性の乏しい寝具による寝床内湿度の上昇が睡眠低下を引き起こし、そのことが子どもの健やかな心身の育成を阻害しているのではないかという仮説について
滋賀医科大学睡眠学講座認定 睡眠指導士上級
日本睡眠環境学会認定 睡眠環境コーディネーター
沢田昌宏
昨今、乳幼児から小児の睡眠の質が低下していることが、さまざまにいわれている。
その背景としては、日本人全体の睡眠時間が50年間で1時間少なくなり、ライフスタイルが夜型社会に移行しているという社会の変化とともに、生活習慣などが変わってしまったところがあるが、睡眠科学的に分析をすると、大きく次の3つが原因として考えられる
・夜の行動が増え、就寝時間が遅くなっているという生活習慣の夜型化
・家の灯りやテレビ、携帯型ゲームなど夜の光刺激が多くなり、メラトニン分泌を妨げている
・吸湿発散性の乏しい寝具など睡眠環境の悪化
本考察では、寝具と子どもの睡眠の関係を取り上げ、現状分析から、その解決策へ向けて取り上げる。
睡眠と発汗
ヒトは眠ると発汗する。これは深部体温の熱放出を補助するためのものと考えられるが、その為に睡眠の初期段階、つまり最初の深いノンレム睡眠に同期して、その前の段階で最も多くの発汗が行われる。発汗はノンレム睡眠量に同期するかのように、次第に少なくなっている。大人で冬300cc、夏600ccが発汗されるとされている。
ノンレム睡眠(除波睡眠)と成長ホルモンの関係
睡眠曲線は、入眠後最初のノンレム睡眠時にステージ3・4の深い除波睡眠が最も多く見られ、約90分周期でレム睡眠と交互する。睡眠の経過とともに、次第に深い睡眠は少なくなっていくのが一般である。また、睡眠中に分泌される成長ホルモンは、最初の除波睡眠時に最も多く分泌され、この量は比例するといわれている。
不快な湿度が睡眠の質を低下させ、成長ホルモンの分泌を妨げる
すなわち、寝ている最中に不快感(暑い・寒い・うるさい・痛い等)を伴うと、睡眠の質が低下(=除波睡眠の減少)するが、睡眠初期の段階では不快な湿度が睡眠低下を引き起こし、結果的に成長ホルモンの分泌をも妨げるという因果関係が存在するのではないかと推測される。
快適な寝床内温湿度とその変化 温度33℃湿度55%±5%
一方、寝具内でもっとも快適とされるのは温度が33℃で湿度が55%±5%とされている。33℃はヒトの体表面温度にほぼ一致する。つまり、寝具は就寝前は寝室内温度とほぼ同じであるが、就寝することにより寝具は体温によって暖められ、次第に温度が上がって33℃付近で均衡する。一般に寝具の保温性が悪いというのは、体温によって暖められた寝具や体のまわりの空気の温度が逃げにくいということを示している。特に冬期などで寝具が寒く、保温性が悪いと皮膚は縮んで熱放出を妨げてしまうために、入眠が損なわれるということになる。一方、寝床内が33℃に上がって、同時に発汗が始まると、温度が上がるために一時的に相対湿度は下がるが、絶対湿度が急激に上昇する。33℃にもなり、湿度が70%以上になると蒸れ感が増え、不快指数が上昇する。寝床内温度が33℃ということからわかるように、日本の夏が暑く寝苦しい原因は湿度といってもいいだろう。
子どもの代謝と発汗
さて、乳幼児の基礎代謝量は成人にくらべ2~2.5倍もある。つまり非常に発汗が大きいと考えて良い。特に生後5ヶ月までの乳児は寝返りも自力で打つことができないために、背中面の湿度上昇が著しい。2011年の睡眠環境学会の学術会議においては生後5ヶ月の乳児の寝具内の湿度についての研究発表がなされたが、木綿わたのふとんが最も優れていたという報告が成されている。
アレルギーを気にしてしまう、子どもの寝具の現状
30年ほど前までは、ベビー布団、ジュニア布団といわれる子ども向けの布団は木綿わた入りの寝具がほとんどであった。これらは十分な吸湿性能を持っている。
ところが昨今の子ども向け寝具はほとんどがポリエステルわたである。この背景には、ダニやハウスダストアレルギー、アトピーなどの子どもたちが増加する中で、ホコリの少ない丸洗い可能なポリエステルわたに注目が集まったためである。ポリエステルわたは実際に使うと吸湿性が悪く、非常に蒸れやすいのだが、アレルギー対策に優先されてしまっているのが現状である。
また、子どもはおねしょなどをするために、洗える方が良いという見地からポリエステルわたが選ばれるケースも多い。
人生で最もプアーな寝具に寝ている今の子どもたち
なにより「子ども用はすぐに買い換えるから、適当なので良い」という考え方が親にあって、十分な性能の寝具を与えられていないことが多いのである。人生で脳と身体を創るもっとも重要な時期に、人生で最もプアーな寝具に寝かせられているというのが、現在の子どもたちの現状である。
寝具の吸放湿性能の現実と理想
寝具に必要なのは「保温性」に加えて良質な「吸放湿性能」である。吸湿性が悪い寝具だと、先ほどの例より、入眠後30分後の急激な発汗に対して不十分で蒸れ感が増大し、結果的には除波睡眠が減少するということが考えられる。その為に、最初の発汗に対応できるすばやい吸湿性能が求められるのである。
ところが吸放湿性能はJISの試験では12時間後の性能を測るために、ポリエステルなどの合成繊維(特に中空タイプの繊維)でも良好な数字が出てしまう。結果的には、実際には汗の吸い取りがあまり良くないのに、「吸湿性が良い」などと表現されることがあるのが問題といえる。
昨今は住宅の気密性・保温性が向上しているために、かつての寝具は保温性がもっとも求められたが、現状の睡眠環境では湿度を快適にコントロールすることが求められる。
羊毛を使うと成長が早いというケンブリッジ大学での研究
イギリス・ケンブリッジ大学で行われた研究で、未熟児にポリエステルのふとんと羊毛のふとんをそれぞれ使ったところ、羊毛のふとんで寝た方が成長が早いという結果になった。羊毛は吸湿性能もさることながら、放湿性能に優れているために、寝床内が蒸れにくくなるという特徴を持っている。これも仮説であるが、羊毛のふとんの方が快適で(ヒトと同じ動物性素材である)、ぐっすり眠ることができたために、成長ホルモンの分泌が多くなったと考えられる。
合成繊維の寝具から天然素材の寝具への回帰
発熱や蓄熱、逆に冷熱などの新素材の登場で、世の中は合成繊維素材が非常に増えている。しかしながら、良好な吸湿性能と使用感の自然さを考えると、特に代謝量の多い育ち盛りの子どもについては天然素材の寝具を見直すべきではないだろうか。もちろん、天然素材には品質に差があるために、ハウスダストなどの面からも、ホコリの少ない良質なものを使うことが必要であろう。
考察:吸放湿性の悪い寝具が、子どもの心と身体の健全な成長を妨げているのではないか?
最近の子どもは切れやすくなったといわれる。また、扁桃腺肥大による閉塞性無呼吸症候群の子どもは睡眠障害が発生しており、ADHD(発達障害)のような行動を起こすことが知られている。この場合は、原因を取り除くことにより睡眠障害が無くなることがわかっている。となれば、子どもの睡眠を改善することにより、心と身体の安定が保たれることが期待できる。
子どもの睡眠力低下は夜型社会や、光環境などにも原因があるが、吸放湿性の悪い寝具にその原因の一端があるのではないかというのが、本考察の結論である。
そこから、まとめてみた小論文である。ご一読いただければありがたい。
子どもの睡眠と寝具に関する一考察
吸湿発散性の乏しい寝具による寝床内湿度の上昇が睡眠低下を引き起こし、そのことが子どもの健やかな心身の育成を阻害しているのではないかという仮説について
滋賀医科大学睡眠学講座認定 睡眠指導士上級
日本睡眠環境学会認定 睡眠環境コーディネーター
沢田昌宏
昨今、乳幼児から小児の睡眠の質が低下していることが、さまざまにいわれている。
その背景としては、日本人全体の睡眠時間が50年間で1時間少なくなり、ライフスタイルが夜型社会に移行しているという社会の変化とともに、生活習慣などが変わってしまったところがあるが、睡眠科学的に分析をすると、大きく次の3つが原因として考えられる
・夜の行動が増え、就寝時間が遅くなっているという生活習慣の夜型化
・家の灯りやテレビ、携帯型ゲームなど夜の光刺激が多くなり、メラトニン分泌を妨げている
・吸湿発散性の乏しい寝具など睡眠環境の悪化
本考察では、寝具と子どもの睡眠の関係を取り上げ、現状分析から、その解決策へ向けて取り上げる。
睡眠と発汗
ヒトは眠ると発汗する。これは深部体温の熱放出を補助するためのものと考えられるが、その為に睡眠の初期段階、つまり最初の深いノンレム睡眠に同期して、その前の段階で最も多くの発汗が行われる。発汗はノンレム睡眠量に同期するかのように、次第に少なくなっている。大人で冬300cc、夏600ccが発汗されるとされている。
ノンレム睡眠(除波睡眠)と成長ホルモンの関係
睡眠曲線は、入眠後最初のノンレム睡眠時にステージ3・4の深い除波睡眠が最も多く見られ、約90分周期でレム睡眠と交互する。睡眠の経過とともに、次第に深い睡眠は少なくなっていくのが一般である。また、睡眠中に分泌される成長ホルモンは、最初の除波睡眠時に最も多く分泌され、この量は比例するといわれている。
不快な湿度が睡眠の質を低下させ、成長ホルモンの分泌を妨げる
すなわち、寝ている最中に不快感(暑い・寒い・うるさい・痛い等)を伴うと、睡眠の質が低下(=除波睡眠の減少)するが、睡眠初期の段階では不快な湿度が睡眠低下を引き起こし、結果的に成長ホルモンの分泌をも妨げるという因果関係が存在するのではないかと推測される。
快適な寝床内温湿度とその変化 温度33℃湿度55%±5%
一方、寝具内でもっとも快適とされるのは温度が33℃で湿度が55%±5%とされている。33℃はヒトの体表面温度にほぼ一致する。つまり、寝具は就寝前は寝室内温度とほぼ同じであるが、就寝することにより寝具は体温によって暖められ、次第に温度が上がって33℃付近で均衡する。一般に寝具の保温性が悪いというのは、体温によって暖められた寝具や体のまわりの空気の温度が逃げにくいということを示している。特に冬期などで寝具が寒く、保温性が悪いと皮膚は縮んで熱放出を妨げてしまうために、入眠が損なわれるということになる。一方、寝床内が33℃に上がって、同時に発汗が始まると、温度が上がるために一時的に相対湿度は下がるが、絶対湿度が急激に上昇する。33℃にもなり、湿度が70%以上になると蒸れ感が増え、不快指数が上昇する。寝床内温度が33℃ということからわかるように、日本の夏が暑く寝苦しい原因は湿度といってもいいだろう。
子どもの代謝と発汗
さて、乳幼児の基礎代謝量は成人にくらべ2~2.5倍もある。つまり非常に発汗が大きいと考えて良い。特に生後5ヶ月までの乳児は寝返りも自力で打つことができないために、背中面の湿度上昇が著しい。2011年の睡眠環境学会の学術会議においては生後5ヶ月の乳児の寝具内の湿度についての研究発表がなされたが、木綿わたのふとんが最も優れていたという報告が成されている。
アレルギーを気にしてしまう、子どもの寝具の現状
30年ほど前までは、ベビー布団、ジュニア布団といわれる子ども向けの布団は木綿わた入りの寝具がほとんどであった。これらは十分な吸湿性能を持っている。
ところが昨今の子ども向け寝具はほとんどがポリエステルわたである。この背景には、ダニやハウスダストアレルギー、アトピーなどの子どもたちが増加する中で、ホコリの少ない丸洗い可能なポリエステルわたに注目が集まったためである。ポリエステルわたは実際に使うと吸湿性が悪く、非常に蒸れやすいのだが、アレルギー対策に優先されてしまっているのが現状である。
また、子どもはおねしょなどをするために、洗える方が良いという見地からポリエステルわたが選ばれるケースも多い。
人生で最もプアーな寝具に寝ている今の子どもたち
なにより「子ども用はすぐに買い換えるから、適当なので良い」という考え方が親にあって、十分な性能の寝具を与えられていないことが多いのである。人生で脳と身体を創るもっとも重要な時期に、人生で最もプアーな寝具に寝かせられているというのが、現在の子どもたちの現状である。
寝具の吸放湿性能の現実と理想
寝具に必要なのは「保温性」に加えて良質な「吸放湿性能」である。吸湿性が悪い寝具だと、先ほどの例より、入眠後30分後の急激な発汗に対して不十分で蒸れ感が増大し、結果的には除波睡眠が減少するということが考えられる。その為に、最初の発汗に対応できるすばやい吸湿性能が求められるのである。
ところが吸放湿性能はJISの試験では12時間後の性能を測るために、ポリエステルなどの合成繊維(特に中空タイプの繊維)でも良好な数字が出てしまう。結果的には、実際には汗の吸い取りがあまり良くないのに、「吸湿性が良い」などと表現されることがあるのが問題といえる。
昨今は住宅の気密性・保温性が向上しているために、かつての寝具は保温性がもっとも求められたが、現状の睡眠環境では湿度を快適にコントロールすることが求められる。
羊毛を使うと成長が早いというケンブリッジ大学での研究
イギリス・ケンブリッジ大学で行われた研究で、未熟児にポリエステルのふとんと羊毛のふとんをそれぞれ使ったところ、羊毛のふとんで寝た方が成長が早いという結果になった。羊毛は吸湿性能もさることながら、放湿性能に優れているために、寝床内が蒸れにくくなるという特徴を持っている。これも仮説であるが、羊毛のふとんの方が快適で(ヒトと同じ動物性素材である)、ぐっすり眠ることができたために、成長ホルモンの分泌が多くなったと考えられる。
合成繊維の寝具から天然素材の寝具への回帰
発熱や蓄熱、逆に冷熱などの新素材の登場で、世の中は合成繊維素材が非常に増えている。しかしながら、良好な吸湿性能と使用感の自然さを考えると、特に代謝量の多い育ち盛りの子どもについては天然素材の寝具を見直すべきではないだろうか。もちろん、天然素材には品質に差があるために、ハウスダストなどの面からも、ホコリの少ない良質なものを使うことが必要であろう。
考察:吸放湿性の悪い寝具が、子どもの心と身体の健全な成長を妨げているのではないか?
最近の子どもは切れやすくなったといわれる。また、扁桃腺肥大による閉塞性無呼吸症候群の子どもは睡眠障害が発生しており、ADHD(発達障害)のような行動を起こすことが知られている。この場合は、原因を取り除くことにより睡眠障害が無くなることがわかっている。となれば、子どもの睡眠を改善することにより、心と身体の安定が保たれることが期待できる。
子どもの睡眠力低下は夜型社会や、光環境などにも原因があるが、吸放湿性の悪い寝具にその原因の一端があるのではないかというのが、本考察の結論である。