戦後65年
今日(4日)10:00から会派代表者会議が開かれ、議席や委員会等の割り当てが決まりました。
帰宅後久しぶりに新聞を見るなかで、昨日の産経新聞の「正論」は考えさせられました。抜粋して紹介します。
「人間の基本を教えてきたのか」作家;曽野綾子
“・・・。現在の日本に脆弱な精神がみなぎっているのは、日教組的な戦後教育と、それに抵抗の精神もなく迎合した大人たちの責任だと私は思っている。
・・・。私は短い期間であったが、13歳で工場に動員され、戦前の「女工」の体験をさせてもらえた。・・・。私は働いて生産すること、他人と愛憎取り混ぜて激しく接触することことによって自分と言う人間を創ることも知った。
・・・。戦時中食料増産の名目で畑仕事をしたおかげで、人生の後半で家庭菜園を始め決して人間に妥協しない植物の姿に畏敬の念を覚えると同時に、人間が食べていくことの仕組みを実感した。
・・・。教育はすべて自発的でなければいけない。強制はいけないという呪縛が、今でも無責任な世間や親たちに取り付いている。
・・・。強制はいけないと言うから、人間の基本を教えないまま平気で子どもを大きくして来た。それが戦後の混乱の大きな原因である。
・・・。教育勅語はよくまとめた道徳だが、あれがいけないというなら、別の形で徳というものを教えるべきだろう。
徳は人間と動物を区別する大きな要素だから、それなしに人間は創りえない。基本的道徳は幼いうちから強制的に教え、成人後はめいめいが、自然にいささかの反発を加味しながら、個人的に創っていくものなのだ。・・・。”
2児遺棄事件の下村容疑者をはじめ多くの虐待する親、他人への迷惑を考えない多くの日本人は如何様にして生産されたのか、今日国民総てが自問自答するべき時ではないでしょうか。