断末魔?
今日(4日)は文芸春秋10月号、野中広務氏の「小沢一郎『悪魔』が来たりてホラを吹く」から抜粋して記します。ただし、記事は党首選さなかであったことと今回の大阪地検特捜部の改竄事件で、今後の展開は少し変わるかも知れません。
“・・・。私が小沢さんに不信を抱きはじめたのは佐川急便ヤミ献金問題のときにさかのぼります。派閥の長であり「一郎、一郎」と目をかけられていた金丸信副総裁を、小沢さんは失脚させようと、勝手に辞任会見を仕組むのです。
・・。そういうことを平気でやっておきながら、検察との徹底抗戦を選択させて、「オヤジ、私に任せてください。私のバッジに懸けてオヤジを守りますから」と金丸さんの前で、はらはらと涙を流しながら語る。私は金丸邸でその一部始終を襖の向こうから見聞きしていたんです。まあ、本当にはらはらと泣くのです。
・・・。湾岸戦争に日本が多国籍軍に出した130億ドルという大金に不可解な点が残っています。・・。日本には130億ドル支援したという記録が残っているのに、アメリカで明らかになっているのは100億ドルだけなのです。一体、30億ドルはどこへいったのか。拠出を仕切ったのは当時の幹事長小沢さんに他なりません。
・・・。小沢さんが党代表になろうがなるまいが、確実に言えるのは、自らが抱え込んでいる火種によって、早晩、政治生命の終演を迎えかねないと言うことです。今だ燻り続ける政治資金管理団体「陸山会」の問題です。
・・。「脱小沢」で追い込まれた小沢さんは、さらに自らの「政治とカネ」の問題で追い込まれ、窮地に立たされるであろうことは容易に想像がつきます。ついに虚像の政治家「小沢一郎」の終焉がやってきたのかも知れません。
・・。小沢さんが挙げた民主党代表選立候補の鬨の声は、かつての政治に生きた男の、断末魔の叫びなのです。”と結んでいます。
ここまで言われた政治家は過去いなかったように思います。
本日(4日)17:30頃、小沢一郎について検察審議会は起訴相当の判決を出しました。これによって彼が今後どの様になるのかは私には解りません。ただ、真実を明確にして頂きたいと念ずると共に、地方議会を含め清廉潔白な政治の世界であって欲しいと念ずるばかりです。
二人で
今日(3日)は午前中スポ少「長浜パンサーズ」の練習でした。卒業生の中1の生徒も沢山来てくれて大変にぎやかな練習でした。
帰宅後13:30過ぎに娘と二人でAINに出かけました。それから2時間ゆっくりと見せていただきました。空模様が気になる中でしたが沢山の人出でした。聞きますと昨日の方がより沢山の人出だったとのことです。
御堂前も祝町・神戸町・大手通り等も大勢の人が行き交い楽しく芸術の品物を見たり購入したりしておられました。私も堪能させていただきました。
娘は昨日家内と来ているので特に欲しいものはなかったようです。フクロウの置物一つ購入しました。16:00前に帰宅しましたが、その頃から雨が降り始め大丈夫か気になりました。皆さんあんばいよう行けばいいのですが!
指導
今日(2日)7:00過ぎに家を出て田村から浜街道に出て琵琶湖大橋を渡り大津市唐崎に向かいました。目的地は唐崎中学校です。
ここでは、過日依頼を受けていた皇子山中学校と唐崎中学校の1・2年生男子バレー部の指導をすることになっていました。
9:00から15:00までじっくりと基本練習と応用の練習をしました。次に11月末に行きます。その時までに今日の基本と応用がどれ程出来ているか楽しみです。
この二つのチームは、今日学んだことを身につけて今後の練習がしっかりと出来れば次年度は近畿や全国へ最も近い距離にいるように思います。
17:00前に帰宅すると誰もいません。月参りのため出かけて帰ってみますとテーブルの上に写真のものがありました。AINに行っていたようです。
そこで思い出したのは、60年近く前、今も変わらぬこのお店(油甚)へ母に連れられて良くごま油と椿油を買いに行ったことです。
当時、ひしゃく?で甕?からすくい漏斗(ジョウゴ)を通して持ってきた瓶に入れてもらいました。母は椿油を髪油?として使っていたと思います。
そんな話を以前していたことが原因であるのか、家内も娘も近頃は椿油を使っているようです。ごま油・しそ油は何時も家族で重宝しています。
土徳
今日(1日)午後ふと机の横を見ると、以前某中学校の校長先生に頂いたプリントが目に入りました。それは某中学校が取り組もうとしておられる「地域支援構想」について記されたものです。
そこで目についたのは《土徳》と言う言葉です。それは文章の最後に「・・・、この地域の土徳(土地が持っている徳)を守り未来につないでいくことでもあります。」と記されていました。そこで土徳について考えてみました。
この《土徳》という言葉は、神仏の信仰、特に真宗の教えがその門徒衆の日々の生活に影響を与え、その地方特有の精神文化が創り出されたものを云うのだと聞いています。換言しますと、日々の生活の中に仏法を実感しながら生きる人々の土地柄とでも云うのかも知れません。
例えば、この地方には「「女の子をもらわあた(産まれた)」又は「男の子を授からあた(授かりました)」「ご飯をよばれる(食べる)」「ご飯をいただく(食べる)」「おかげさんで」「おせんどさん」等々の、畏敬の念や感謝・他を思いやる言葉があります。
これらの言葉は、「生かされていきて生きている」ことへの感謝の思いが表現されたものだと思います。
他にも、他人のお宅を訪問するとお家の人との挨拶の前にまずそのお家の仏壇に合掌をします。又初物は一番に仏様にお供えをします。これらは親様(仏様)へのご挨拶と感謝の思いではないでしょうか。
このような《土徳》が今日だんだんと薄れようとしています。そんな時、某中学校ではそうしたことの掘り起こしも兼ねて、地域力を教育活動に活用しようとされることに改めて敬意を表したいと思います。
地域力を活用して、思いやり・いたわり・感謝の心を育てていただきたいと思います。期待しています。