新しい舞台とスター

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 油甚さんが昔勤めておられたビルが無くなっていることを書いておられましたが、都会でのビル解体は大変でしょうね。

 

 

 さて、今日のニュースでも言っていましたが油甚さんの記事に書いている新しい歌舞伎座が完成しまして、4月2日にこけら落としの興業が行われることになりました。

 

 

 ニュースでも言っていましたが、昨年末に亡くなられた中村勘三郎さん、そして本年亡くなられた市川團十郎さん。2人の歌舞伎の大スターは新歌舞伎座での舞台に立つことは、かないませんでした。2人があまりにも偉大なために、歌舞伎の神様は2人を消して新しい歌舞伎を作ることを望まれたのかもしれません。まさしく花神のお二人ではなかったかと思います。

 

 芸能にしてもスポーツにしても聖地というかメッカというところが存在します。宗教の世界では一度はお参りしたいと言うそうですが、今回の新歌舞伎座でもそうですが第1人者はやはりその世界を引っ張ってきただけあって、その舞台に立つことを望みます。

 

 大相撲の両国国技館ができたとき、昭和60年の初場所、横綱北の湖は初日から2連敗か3連敗して静かに土俵を去りました。当時の北の湖は怪我から何回も休場を繰り返し、横綱として見苦しいとも言われました。しかし、当時の春日野理事長(元横綱・栃錦)は「北の湖が相撲界をここまで引っ張ってきたことで両国国技館での本場所が迎えられた。」と言いました。私も当時そう思いました。連敗で進退窮まったなと思った時、「北の湖も引退か・・・。」と漏らしたことを覚えています。

 

 ナゴヤドームの完成を見ることなく、夫を支えてきた当時の星野監督の奥さんが亡くなられたことが紹介されていたことがありました。

 

 

 勘三郎さんと團十郎さんは、今の歌舞伎界にとって本当に花神なのでしょうね。でも、立たせてあげたかったですね。その思いと魂をしっかり受け継ぐ者は受け継いでいきたいものです。

コメント

  1. は〜
    2013/02/28 01:51
    歌舞伎俳優は、重症のがんになっても次の舞台を目指しますね。歌舞伎舞台の運動量は、我々が病気になって「退院したら散歩に行きたい」と言うのとは段違いに多いのに。

    団十郎がテレビ対談で、家の芸を継承する難しさで笑わせていました。自分の家だけが演じる物をイザ演じようとした時に、それを知っていたのは亡き父だけだから、途方に暮れた。やっと見つけた父のメモには「○○の場所でいつもの所作。○○の前へ行っていつもの所作。いつもの所作。いつもの所作」しか書いてなくて全くわからなかった」。
    2013/02/28 12:43
    すごいですね。團十郎さんのメモの話は面白いですね。こうして先代の團十郎とは違った新しい團十郎が出てくるんではないかと思います。

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