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週刊マンガ日本史

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 歴史というとオタクの文化のようで何か暗いイメージがあったようですが、最近は歴女なども現れて、先日もていくさんらが愉しいイベントをしていただきました。滋賀県、中でも湖北は歴史を偲ぶ場所としてはこの上ない場所であります。

 

 前の総理大臣がマンガが好きで、マンガは勉強にいいと言っていましたが、確かにそうですね。難しい内容もマンガを通じれば結構理解しやすいです。中には難しいものもありますが歴史なんぞはアニメを通じればものすごく理解できます。そこで、今回毎週火曜日に50回シリーズで出ているこれ

週間マンガ日本史

 私が昔、数え切れないくらいよく読んだ、和歌森太郎さん監修の漫画日本の歴史全18巻に比べると何か薄っぺらい(確かに薄い)感じがしますが、流れは良くわかると思います。これは歴史上の50人の人物を描くことにより日本の歴史の流れが理解できると言うシリーズだそうです。全50巻、つまり約1年ですね。

 

 ちなみに昨年このようなものも漫画で読みました

蟹工船

漫画や映画などで先に見てから原作を読むと良く理解できるかもしれませんね。

中学の恩師3人は同級生

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 油甚さんが本日、村居篤士(とくし)先生が賞をいただかれた事を載せておられます。あの生活反省表は村居先生が考えたものだったんですね。中学卒業以来30年余り、初めて知りました。

 

 

 油甚さんが問題児らしき人であった事を書いておられますが、えてして勉強が良く出来る人は、先生方に対してそういういたずらをする傾向があるようです。私の同級生でもいまして、生徒総会などでも面白い質問をしたりしました。ただ、先輩というものは良く覚えている(逆に後輩は余程の事がないと覚えていません)のですが、私の油甚さんのイメージは「そんな人だったかな?」という感じです。

 

 

 

 村居先生は社会科の先生で私は中学3年の時に教わりました。中学1,2年は私達の学年の先生ではなかったのですが、3年生のときD組?の担任をされました。私はC組で松宮先生という女性の英語の先生が担任。またB組は川添先生という音楽と理科の先生で、後に西中の校長先生をされました。

 

 

 実は最初の社会の時間に村居先生は川添先生、松宮先生と浅井中学で同級生であった事を述べられました(他の2人の先生はそれまで一言も言われませんでしたが)。その後、他の先生方の生まれたとこまでネタにされて授業を非常に面白く、わかりやすくされました。 

 先生の授業の進め方は話しっぱなしではなくプリントを作り、書き込みさせながら冗談も交えたりして、何かクラス全体で授業が進んでいた、おいてきぼりのお客様がなかったなと記憶しています。

  

 

 

 また、頭が大きいという特徴があったためでしょうか「ちぶる星人」というあだ名がありまして先生自らそれを広めておられました。社会の公民(現代社会)で国連の事務総長(当時はワルトハイムだったかな?)は「ちぶる星人がやってきたときに、地球総理大臣として会われる方。」と説明されたのを覚えています。

 

 そうこうして、中学を卒業することになりました。担任の松宮先生が、クラスメイトに

 「私は初めて3年生という学年を受け持つことになり、最初とても不安でした。そんななか、皆さんご存知のように中学の同級生の先生2人が一緒で色々と相談したりして助けていただきました。これから色々な道へ進まれることになるかと思いますが、これからも同級生を大切にしてください。それしかもうお話しできる事はないんです。」

 と、ボロボロ泣きながら、卒業に当たって述べられたのを覚えております。

 

 

 考えたら「できんぼ、いじめられっこ、病弱」で苦しんだ私の小学校・中学校時代にたくさんの素晴らしい先生のおかげで全て克服する事が出来ました

 

 

 幼い頃読んだ偉人の本でヘレンケラーのサリバン先生、野口英世の小林先生、野球王ベーブルースのマシアス先生など歴史上の人物も、これらの先生がなかったら存在し得ません。

 今回の油甚さんの文章から恩師に改めて感謝したいと思います。

いぶし銀の三村

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 今日の朝の新聞を見ますと、私がファンの広島カープの元選手並びに監督で現在は楽天の編成部長をしている三村敏之氏(61)が亡くなったと書いていました。

 

 私が小学校の頃は、巨人・大鵬・玉子焼きの影響がまだあった頃で、ONの巨人ファンでした。それが中学2年の時、山本浩二、衣笠(国民栄誉賞)らの活躍で広島カープが初優勝。カープの職人技を思わせるスリリングな野球に魅せられたのと判官びいきもあったのでしょうか、それ以来広島ファンになっております。

 その後昭和54年、55年と連続日本一になりました。セリーグで巨人以外で連続日本一はこの年の広島だけです。

 

 その中で、脇役として目立たないながら、いぶし銀の活躍を見せたのが遊撃手の三村でした。巨人戦以外はなかなか放送がありませんでしたが、テレビで広島の選手で何かやりそうな、選手だなと思って見ていたのを覚えています。

 

 昭和54年、近鉄との日本シリーズ。近鉄が連勝して迎えた第3戦は広島球場でした。カープファンの声援をバックに近鉄の投手陣に対してしつこいバッティングで粘り、広島に勝利をもたらし、第7戦で伝説の江夏の21球で初の日本一をもたらしたのです。

 

 その後、長嶋が2回目の巨人の監督になった時に広島の監督に就任。今の阪神の金本や先日引退した元巨人・西武の江藤、緒方、などを育て上げます。平成8年、巨人にメイクミラクルで大逆転された時が惜しかったですね。あれ以来広島はBクラスから脱出できません。

 

 これは、FA制度で広島が不利になったこともあります。これに対する言葉が深いいのです。

立って半畳、寝て一畳、飯を食っても2合半。いくら金持ちになっても生活するスペースも飯の量は変わらない。自分がやりやすい球団でやればいいんですよ。」

 

 また解説者としても明快で素晴らしいものがあったのですが、ある日「日本人選手がどんどんメジャーに行って寂しいですね。」といわれて

寂しい。確かにそうですね、でも私は日本の選手はどんどんメジャーに挑戦するべきだと思いますよ。」

 

 今年の楽天が伸びたのも編成部長としての彼の力があればこそです。

 

 来年広島の監督になる野村謙二郎。現役時代は先頭打者として素晴らしい選手でした。そのときの三村監督に「イチローと交換してくれと言われたらどうしますか?」と聞かれて

絶対にしません、あれだけの素晴らしい選手が他にいると思いますか?

 三村さんの冥福をお祈りいたします。

初めての「ゆう歌舞伎」

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 ゆう歌舞伎には毎年協賛は、させていただいておりますが、まだ見に行った事はありませんでした。油甚さんやS鮮魚店さんの太夫や三味線も一度見たいと思っておりましたら、ついに本日、13回目にして初めて見に行く事が出来ました。

 

 思えばゆう歌舞伎も第1回の公演は旧中村家具の建物の中ではなかったかと思います。当時、賄いのパンをご注文いただき、持っていった時に先日ていくさんが調子に乗って書かれた(いつまでも言うてなてか?)Y君の娘さんが出るということで、Y君が、娘さんの晴れ姿に嬉しそうに愉しそうに話していたのを覚えています。

 

 

 昨日は用事がありまして、今日はどうかなと思っていたら妻が「ゆう歌舞伎見に行くか?」ということで仕事を早めに切り上げ(いけませんね)て見に行きました。行って見たら狭い伝承スタジオとはいえ、たくさんの方が見に来ておられました。確かに、アマチュアの歌舞伎でありますが、見にいってよかったです。   

 それでも、歌舞伎のセリフは難しいですね、パンフレットのあらすじについて書いた部分をあらかじめ読んでおかないと、何をいっているかサッパリわかりませんので、内容がわかりません。私も何年か前から山組みに入りましたが、内容がわかりやすいのと、最後までわからないのと、いろいろありますね。

 

 

 私も色白なので、昔曳山祭りの太夫さんから「女形やらないか?」とマジでいわれた事があります。あの独特の台詞回し、好きですね。私が子供の頃は自宅が大手町になかったのと、大手町に同級生が何人もいた事で、声もかかりませんでした。本当に役者として出られた人は幸せですね。

 

 とにかく、ゆう歌舞伎の実行委員会の皆さん、本当に、ご苦労様でした。大変ですけど来年も頑張って下さい。

沈まぬ太陽

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 昨日仕事終了後、映画の「沈まぬ太陽」を見てきました。3時間半の上映時間で途中に休憩が10分入るほどのなが~い映画です。しかし、内容はとても素晴らしくて別に私は休憩が要らないと思うほどでした。

 

 内容を説明するのは難しいのですが、ちょうど私が生まれた頃、主人公の恩知元(渡辺謙)が今問題になっている日本航空(映画の中では国民航空)との労使闘争から始まります。その結果、アフリカへ左遷されてしまいます。組合のナンバー2をしていた***(三浦友和)は清濁併せ呑むやり手で、出世して行きます。そこで昭和60年におこった日航機墜落事故。恩知は遺族の事を思って一生懸命走ります。それに対して幹部らは先日あったJR西日本の幹部らみたいに卑劣な事ばかりします。

 

 非常に難しい問題で清濁合わせ飲むくらいの事が出来ないと政治や大会社のトップは出来ないのかもしれませんが、根本は政治家なら「国民の幸せ」、航空会社なら「乗客の安全で楽しい旅」ではないでしょうか?この根幹を忘れたところに企業の成り立ちはあり得ないと思うのであります。

 その頃の日航や現在問題になっている再建問題では、政治家の土建族や運輸族のやってきたこと、半官半民でナショナルフラッグの元に何か企業としての理念を忘れた日航。それがとうとう浮き彫りになっているのでしょうね。

 

 最近、山崎豊子や城山三郎などの私が生まれる前から子供の頃~青春時代に色々と問題になった事の小説が続けてドラマや映画化されています。政権交代したこともありますが、日本は今、国民皆がこれまでを総括する必要があるのかもしれませんね。

 

 BRICSなどの新興国には(経済力の意味では)もう勝てなくなり、日本のあり方が、かつての英・仏のようになるのか、それはわかりません。それでも幸せな生活をする国民でありたいものです。その幸せは何か?考えさせられます。

 

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