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今年初めての散髪

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 本日、散髪に行ってきました。先週行きたかったのですが第1火曜日で休み。仕方ないので今週にしました。

 しかし、よく考えたら年末に散髪に行き、今年に入ってからは初の散髪。1月、2月、3月は過ぎるのが早いということが、うなずけます。

 それでも散髪は気持ちいいですね。何かリフレッシュされますしリラックスできます。できれば3週間に1回くらい行きたいのですが、その時は行くのが邪魔くさくなるんですね。これ不思議なことです。

 今日は、お休みのようなブログでした。

駅売りのスポーツ紙

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 今日は新聞休刊日。各紙が交代で休むのは販売店の関係で難しいらしいですが何とかならんものですかね。休刊日は駅のキオスクなどの売店でスポーツ新聞の早刷りのみ販売しています。

 

 インターネットなどで別に困ることはないのですがなぜか新聞というものは読みたいもので私はいつも休刊日は配達の際に駅の売店に立ち寄ってスポーツ新聞を買ってきます。長浜駅がきれいになってからは買いに行きやすくなりました。

 

 さて、今日のスポーツ新聞は、どれも昨日、亀田家の次男・大毅選手が3度目の正直で王座を手にしたことがトップを占めていました。今回は亀田弟が前回の試合の判定を不服として再選を申し入れ認められ、実現したものです。

 

 私は前回、確かにチャンピオン(今は前チャンピオン)が後半ばてたとはいえ、亀田が試合を作っているとはいえないのでチャンピオンの勝ちだと思いました。今回はチャンピオン側が納得行かないようです。

 

 それにしても試合後に歌を歌うのは相手への冒涜になりますのでやめるべきだと思います。いい歌であっても。

 

 まーぼうさんが「亀田の友達は朝青龍、内藤の友達は白鵬、わかる気がします。」と言われましたが、本当にそうですね。今日の新聞には朝青龍が引退した後、お世話になった人たちに挨拶もせずにハワイへ行っている事の非難記事が出ていました。

 

 それによると元横綱・大鵬の納谷幸喜さんは病気で足を悪くされています。それに対して朝青龍は最初は靴を履かせるなど非常にすばらしい人間性を見せたので納谷さんはいろいろとアドバイスをされたそうです。しかし、朝青龍が実績を重ね、納谷さんも相撲界に影響を及ぼさなくなると、そんなことはなくなり、納谷さんが心配して電話してもつながらなくなったといいます。

 

 それに対して白鵬はよく納谷さんに連絡するようになったといいます。やはり目指すは「大横綱の双葉山」ですから人間的にも成長しようとしているのでしょう。目指すところが違うとこんなにも変わってくるのかなと思います。一人横綱として責任を感じ、がんばっている姿は横綱にふさわしいですね。稽古に取り組む姿勢など日本人は見習わなくてはいけません。一番強い力士が一番稽古をするのですから他の力士は勝てるはずがありません。

 

 また長々と書いてしまいましたごめんなさい。私も成長せなあかんは!

SL(蒸気機関車)はいいな~

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 毎年、盆梅のころになると米原ー木ノ本間をSL(蒸気機関車)が走ります。いいですね~、あのポ~ッという汽笛の音。なんともいえません。

 蒸気機関車が現役でなくなったのは私が中学2年生の昭和50年か51年でした。北海道の何線か忘れましたがSLの貴婦人と呼ばれたある型のSLが運行をやめて全て消えました。その後、京都の梅小路に動態保存(エンジンをかけて保管)していました。

 一度、その貴婦人を山口線でSLやまぐち号で走らせていましたね。この長浜近辺ではSLが現役で動いているのを私の世代以下ではほとんど見ていないでしょうね。

 私も小学校5年生の昭和47年5月に奈良への修学旅行で草津駅で草津線を走るSLを見たのを覚えています。その年の10月に草津線のSL運行はなくなりました。

 翌年昭和48年鳥取へ家族で旅行に行ったとき米子駅で私たちがいたホームとは反対側へSLが迫力満点で入ってきたのも覚えています。

 今日も配達中、長浜駅近くの蓮池の立体交差のところに大勢の人がSLの写真を取ろうとしている人たちでした。家族で見に来た人たちの中には汽笛が鳴ると子供たちが「すばらしい。」と歓声を上げているグループもありました。

  面白いのは米原には回転の方向転換所がありますが木ノ本にはないので木ノ本から米原にはバックで行くところ。何かユーモラスですね。

 長浜は鉄道にゆかりのあるところ、D51(デコイチ)も飾ってありますし、これからもSLを走らせて欲しいですね。

日本とモンゴル

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 朝青龍の引退で日本とモンゴルでは、そのことに関する報道が予想通りぜんぜん違うようです。モンゴルでは英雄の朝青龍を日本の相撲協会やマスコミがいじめ、大鵬や千代の富士の記録までが更新されるのを恐れたために、このようになったといわれているようです。そんなことから日本とモンゴルの関係の悪化を心配することも言われています。

 

 ただ、日本人は昔からこのようなことがあっても、そんなに相手を非難したり悪口を言うことがありません。このあたりは日本はたいしたもんだと思います

 

 さて、モンゴルは私たちが学生時代は社会主義の国でした。浮かぶ印象といえばゴビ砂漠と遊牧民の国というくらいです。私が柔道をやっていたことからモンゴル相撲もありましたかね。あとは社会の時間に鎌倉時代の元寇でしょうか。

 

 よく日本人のルーツはモンゴル人であるといわれています。詳しいことはわかりませんが生物学的な要素がほとんど一致しているそうです。確かに新しく入幕してきた力士を見てモンゴル人か日本人かわからないときがあります。「ああ、いいのが出てきたな。」と喜んだら、「またモンゴルか・・・。」と残念(笑)に思うことがあります(そんなことを言ってはいけないのですが)。そんな日本人とモンゴル人ですので横綱二人がモンゴル人で幕内優勝が栃東以来4年間いなくても、そんなに違和感は感じなかったと思います。

 

 もし、横綱が琴欧州とバルト(すみません漢字を出しにくいので)で、ヨーロッパ人がほとんど優勝していたら、とんでもない騒ぎになっていると思います。

 

 こんな遠そうに思えて近い国モンゴル。身内ネタになって申し訳ないのですが元NHKカメラマンの私の義弟(妹の夫)が2001年1月14日にモンゴルでの取材中のヘリコプターの墜落事故で亡くなりました。

 義弟は当時2年連続の大寒波などで草などが育たず遊牧民の生活が危機にさらされていることで国連の機関が調査活動などを行っていることを取材していました。

 そのとき、モンゴル力士の開拓者である旭鷲山の従姉も、ボランティア活動で旭鷲山からの援助物資を配布するため同乗していて、同じく事故で亡くなりました。

 モンゴル政府は犠牲になった人たちに哀悼と活動に対する感謝の意をあらわし、最高の弔意のしるしを妹らに進呈したようです。

 

 あの事故のニュースを知ったのは当時のNHK大河ドラマ「北条時宗」の放送が終了した後のニュースでした。まさしくモンゴルからの悲報であります。何か不思議な因縁を感じたことを覚えています。

 

 後の葬儀や慰霊祭で義弟がモンゴルで取材し撮影したVTRが流れましたが、モンゴルの騎馬競争の様子が流れていました。これが大寒波でできなくなるのではと心配されていたのです。

 

 何が言いたいのかというと、当時の義弟は報道カメラマンとして中国やモンゴルの人々の暮らしや風土を日本の人々に正しく伝えたいと一生懸命でした。そのためにある意味危険なところの取材もあったようです。

 

 別に今回のことで日蒙関係がおかしくなるようなことはないでしょうけれど、外国人力士に日本の伝統文化としての相撲を理解させるのも大切ですが親方や協会なども相手の国の風習などを理解して彼らに教えていく相互の理解がなく、ただ「教えていくんだ。」だけではいつまでも大相撲は悪くなるばかりだと思います。

 

 

 

 

 

 

デパートも主役交代

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 私がブログをサボっている間に、以前に流通関係者なら必ず知っているデパート店舗の閉店が決定しました。時代が変化し、時代に合わなくなってきているで業態のデパートは数年前のそごうの破綻などをへて業界の編成が行なわれ、なんと阪神と阪急が組むと言う信じられない事も起きました。おかげで大阪梅田の阪神百貨店の地下食品売り場から阪急へも1直線ですぐ行けるようになりました

 

 

 先月末に日本で最高の立地といわれる東京銀座有楽町にある有楽町マリオンの西武百貨店が今年の12月25日をもって閉店すると言うニュースが流れました。その後、京都の四条河原町にある阪急京都店も閉店することになり、同じ京都の河原町ビブレも閉店が決まったようです。

 

 阪急は私が高校のころできたと思うのですが学生時代に河原町へ行くと黒の外観がおしゃれでエレベーターが上がっていくのを見ておりました。昨年ぶらりとよって見て、こんなに小さい店だったかなとビックリして、難しそうだなと思っていたらやはり、こうなりました。

 

 有楽町西武は私が社会人になった年の秋、滋賀県内の各地から「若手後継者等体験研修」というのがございまして、西友大津店と西武大津店へ約1ヶ月研修に行きました。

 そのとき、「これからは物売りでだけではなく店舗からの情報発信。」と言われ「そのコンセプトで有楽町西武がもうすぐオープンします。」と紹介されたのを覚えています。あれから早26年余り、27年目で閉店する事が決定しました。若い頃商店街で東京へ研修旅行に行きましたが立ち寄ったことを覚えています。映画館も当時としては設備が全然違っていました

 

 ちなみにマリオンのもう一つの店舗である阪急は東京の一等地に持つ意義もあり残すそうです。

 

 新しい店舗の代表であった有楽町西武、そのあとできた西武塚しん、長浜楽市。新しいコンセプトで話題を集めた店舗は黒字になることも殆どなく、静かに役目を終え、新たな形に生まれ変わって行きます。

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長浜の大手門通りの米嘉席のところで「正しい材料、正しい方法、正しい姿勢」をモットーにパン作りに励むパン屋です。

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