伊勢湾台風の日
昨日(21日)新聞を見ていると「伊勢湾台風50年」の見出しが目に入りました。その伊勢湾台風は昭和34年9月26日夕刻から夜にやってきました。その日のことを少し記します。
その頃私は高校2年生でした。朝は姉川に架かった国友橋を渡って学校へ行きました。学校では大型台風が来るということで授業は午前中で終わりました。
学校で弁当を食べ、帰りは友達数人で大映(朝日町にあった映画館で今は駐車場になっています)へ映画を見に行きました。確か石原裕次郎の映画だったように記憶しています。
途中から映画館のあちこちで雨漏れが始まり、間もなく館内放送で上映は中止するからお帰りくださいとの案内がありました。入場料が返金されたかどうかは覚えていません。
私たちは雨風の中を帰りました。帰った道は市役所の東から小堀・田附町に抜ける道です。当時は両側はほとんど田んぼでしたので、強風のため何度も田んぼに自転車ごと吹き飛ばされました。
翌朝いつものように学校へ向かうと、昨日の朝まであった国友橋が中央がV字状に折れ曲がり、川幅一杯に濁流が激しく流れていました。驚いてしばらく見ていましたが、やがて大井橋から学校へ行ったことを覚えています。
当時は情報が今日ほど発達していませんから、台風の被害状況さらに被害者の数等爪痕がわかったのは数日後だったと思います。
伊勢湾台風と第2室戸台風は私の学生時代のことで、それぞれに思い出があり、鮮明に覚えています。
科学が発達しても手の施しようがないのが自然災害なのでしょうか。やはり人間は自然の前では謙虚であるべきだとつくづく思うことです。
コメント
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2009/09/22 09:22伊勢湾台風は、私が生まれる一年前のことですので、私とって伝説の台風ともうしましょうか、父や母をはじめ先人から聞いた話しで知っているに過ぎません。普段は災害も少なくて落ち着いているこの湖北地域に大きな被害をもたらした自然災害の一つであり、その事実から教訓を得て、謙虚に備えておかねばなりませんね。感謝
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2009/09/22 14:44『災害は忘れたころにやってくる』から『災害は忘れる間もなくやってくる』へ
地震も怖いですがそれ以上に水害が怖いです
水害は備えなれますがそれでも備えきれずに多くの被害を出すこととなってしまいます
おっしゃるように科学が発達しても施せない自然災害です 驕らずに生きなければですかね -
さざれ石2009/09/22 16:13他所で激甚災害があると「滋賀県は災害が少ないでええとこや」という言葉をよく耳にすることが気になります。運がいいだけだと思います。情報は増えましたが、受け手の情報を判断する力が備わっているのか気になります。
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2009/09/23 06:04おはようございます。
船浅さん有り難うございます。
湖北地方は比較的災害が少ないところですが、いつ何時何が起こるかわかりません。
しかし対策は難しいですね。 -
2009/09/23 06:12おはようございます。
えべっさん有り難うございます。
最近の気候変動で昨年7月のように何時集中豪雨があるかも知れません。
常に対策が必要なのでしょうが、なかなか難しいのが現実です。 -
2009/09/23 06:18おはようございます。
さざれ石さん有り難うございます。
百年前に姉川(虎姫)地震がありました。最近も豪雨で床下浸水がりました。
確かに情報は発達しましたが、それじゃ何をするかというと本当に難しい問題です。
「備えあれば憂えなし」とは言うものの・・・。