黙祷
本日は東日本大震災が起こった日、あれからちょうど2年を迎えました。東北は陸奥(みちのく)と言われ、中央から遠く、また被災地は交通の便も以前から悪いために、現地へ行くことが困難なこともありますが、復旧は非常に遅いですね。
阪神大震災の時に比べると4年弱ぐらいで仮設住宅をすべて引き払うことができたように記憶しておりますが、今回は何年かかるのか気の遠くなるような復興事業です。
今日の追悼式で「つらい記憶ではあるが、未来へ向けての記憶としたい。」と述べた方がおられました。本当に当たり前と言われることの幸せに対してしっかり感謝し、自然の猛威の前に無気力な人間であることを自覚し、いい国と地域を作っていきたいものです。特に原子力発電所が近いこの長浜。これに対してしっかりと対策をすることに対して無関心でいてはなりませんね。
長浜は姉川地震という100年以上前の震災を経験しています。母の従弟で西宮で阪神大震災を経験された方が震災後にこちらの実家にしばらくおられたらしいのですが、姉川地震の写真を見て「今の神戸とまったく同じ光景だ。」と言われたそうです。私も震災1か月後にボランティアに行きましたが、車が何か違う世界へワープした気がする、ショックを受けたことを思い出します。3年後、淡路島の北淡町の震災記念公園(断層がむき出しになった場所です。)へ行って震災の時のことを映像で紹介していたのを見て涙がボロボロ落ちてきました。
そして昨日知ったのですが、3月11日の前日10日は太平洋戦争での東京大空襲の日です。東京の空襲は5回くらいあったのですが、この日の空襲は東京を焼け野原にして、多くの人命が失われました。アメリカは日本の歴史で江戸時代の大火などから学んで、当時は木造家屋が殆どの東京に下町から爆弾ではなく、焼夷弾で、それも屋根瓦を突き抜けやすい形にして雨のように降らせました。日は燃え広がって人々を追い詰めました。
東京は関東大震災と東京大空襲のあとの廃墟から見事に立ち直ったのです。日本人はすごい民族です。
本日、地震発生時刻に追悼式が始まりました。私も一緒に黙とうをさせていただきました。2日連続の日本のつらく悲しい記憶を未来に向けての大切な記憶として忘れずに生きていきたいものです。