真珠湾攻撃の日
とうとう長浜の旧市内にも雪が降りました。寒いですね。こんな中で衆議院総選挙。候補者はともかく運動員の方も大変ですが身体に気を付けて最後まで頑張っていただきたいと思います。
さて、今日はハワイの真珠湾(パールハーバー)攻撃により太平洋戦争が始まった日ですね。今日もハワイでは慰霊祭が行われたそうです。
この真珠湾攻撃。宣戦布告が当時のアメリカ大使館の職員の怠慢によりアメリカ政府への提出が遅れ、日本の卑怯なだまし討ちでアメリカ全土に「リメンバーパールハーバー」の合言葉で対日戦争へアメリカ国民を鼓舞したことで有名ですが、今日の日経によると、わざと遅れるように日本政府が布告書を長く書いたりしたことが書いてありました。
実は、この真珠湾攻撃はアメリカが既に暗号を解読しており、真珠湾からアメリカの誇る太平洋艦隊を、あらかじめ逃がしておき、時代遅れの艦船を残し、何人かの犠牲者が出るようにして日本をハメたなどと言われております。9・11テロでも犠牲になった多くはアメリカ以外の人が多かったようで、真珠湾攻撃はアメリカの罠にはまったというのが正解のような気がします。
実際に山本五十六は以前にアメリカに行ったとき、普通の国民が自動車を運転し、ボーリングなどをやっている様子を見て日本との国力の違いを感じ戦争を避けたかったと言われます。ただ敢えてやるのなら、ハワイの太平洋艦隊を奇襲で大きな損害を与えて、相手が立ち直るまでに和平交渉をと思っていたようです。
実際はその目論見は外れ、国力の差を見せつけられて結果はご存じのとおり、日本が空襲で焼け野原になり、原爆を受けて多くの人が亡くなりました。
私たちは、この多くの犠牲を忘れることなく、無駄にすることなく進んでいきたいものです。
イラク戦争でアメリカ兵も多く亡くなりましたが、その何十倍というイラクの国民の命が奪われたことは知られていませんし、アメリカはそれを公にしようとしません。
日本の在り方が毎年問われる、夏の終戦の日とこの開戦の日です。
いつか通らねばならぬ道
昨日は中村勘三郎さんの突然の訃報でテレビでも一日中、そのことに関する報道をやっていました。油甚さんの記事にもありますように、本当に惜しい人を亡くしたものです。
私は山組ではありますが、そんなに歌舞伎に興味がないので、勘三郎さんが、どれくらいの人財であるのかピンとこないのですが、プロ野球なら王や長嶋、イチロー、サッカーなら三浦知良くらいが失われたようなものでしょう。それにしても57歳というのは若いですね。
さて、歌舞伎に限らず落語など日本の芸を代表するものは、その役者などが成長していくと名前が良く変わります。よく、何代目勘三郎とか勘九郎など。大相撲でも行事が何代目木村庄之助などといいます。ただ歌舞伎界は親子で偉大なる名前を受け継がれることが多いですね。
宿命のような名前の襲名。本当に大変だと思います。特に親が優れた人物であればあるほど。
テレビで放送された長男勘九郎と二男(名前忘れました)の京都南座での口上挨拶。涙ながらの素晴らしい口上でした。
勘三郎さんも若くして父親の先代勘三郎を亡くされたみたいですが、先代の名前を汚さないどころか、独自の勘三郎の人生を送られて・・・。
大抵の人間は、事故や病気でもない限り、両親が先に亡くなります。私たちのような小さな商業者は親の後を継いだ場合はこの勘三郎さんほどではないにしろ、家のことだけではなく自身の仕事に関しても親が亡くなった時は色々と思うことがあるのではないかと思います。中には「(家族としては当然生きていてほしいけど)商売としてはもう少し早く死んで欲しかった。」と思うこともあるかもしれませんがね。
親が亡くなるという、いつか必ず通る道をどう通過するのか、人生にとって大切なことだと思います。
親父が亡くなって7年余り。今回の事業であらためて本当に親父の偉大さがわかってきた気がします。
親父がにこっと笑って迎えてくれる人生を歩みたいものです。
今日から衆議院総選挙
衆議院選挙が公示されました。市長選や市議会議員選挙などは告示と言われますが、国会議員の選挙は国民全部に知らされるため公示なんですかね。
各候補の出陣式が朝から行われたようですね。私も行きたかったのですが、うっかりして忘れていました(笑)。
最近はネット上でブログやフェイスブックなどがあるため、立候補者は公示まではいろいろと主張や行動をアップできますが、公示後は一切記すことができません(ひょっとしたら変わっているかもしれませんが)。ポスターも公共の掲示板のみ。選挙カーは1台。何回選挙区を廻れるのかな?合併で長浜市も大きくなって選挙区をすべて回ることが困難になった市会議員選挙。それより広い国会の選挙区ですから、まああまり聞くことはできませんね。
今回は身内の同級生が立候補していますので母なんぞは選挙カーが来たら握手しに行ってきていました(笑)。
これからの日本、本当に色々な問題が目白押しです。当選した候補者には本当に日本のことを思って政治に打ち込んでもらいたいし、我々も非難するだけでなく、協力するようにしていきたいものです。
予期せぬ事故
中央高速のトンネル事故。悲惨ですね。高度成長期に工事をした建物やインフラがそろそろガタが来ているものがあります。私の家でも先月、トイレの水洗の水が弱くなり、汚物が流れにくくなりました。原因は水道の管が古くなっていて水圧が弱っているからでした。水道局によると、最近ちょくちょくあるそうです。すぐに治るからまだましですが、今回の事故は点検しても故障個所がなかなかわかりにくいですからね。
機械などでも停まってみないと故障個所がわからないということがよくあります。長いこと使ってきて、いつもと音が違うとか、扉などがきれいに閉じないなど、あとで考えたら故障や事故が起こる前兆であったかも知れないと思うことはありますが、どうしても結果論になりがちです。
1年前の夏、当商店街でもアーケードの入口の垂れ幕が落下。幸いにお客さんや近くのお店には大きな被害がなく、安堵したのを思い出します。
今回の事故はまだ行方不明の人もおられますし、一刻も早い救助がされることを祈ります。
とにかく何事も事故が起こらないように何事も、念には念を、危険を危険と察知する能力を身に着けていきたいものです。
西中同窓会幹事会に行ってきました
昨日、長浜西中学校同窓会の幹事会が浜湖月で開かれました。過日に新聞をにぎわかせましたが、新しい会長に同級生のI君が就任し、副会長も若返り再出発しています。I君から学年幹事の一人として来るように言われまして、行ってきた次第です。
幹事会では校長先生から母校の報告がありました。部活動の活躍も目覚ましいですが生徒会主催で「いのちの集会」というものが行われました。ここでは手短に説明できませんので内容は割愛しますが、本当に涙が出そうになるくらい感動的な行事です。そして生徒会長の話も素晴らしい。本当に中学生がこんな立派に述べるのにビックリ。母校が素晴らしい学校になっていることに誇りを感じ、卒業生としてしっかりせねばと反省する私でした。
さて、懇親会では初めてお会いする人が多いにもかかわらず楽しい時間でした。西中のK校長先生と北中のH校長先生は同級生だそうです。H校長先生は私が中3の時に新採用で西中に赴任されました。その時から人気があった先生でした。2次会の席に来られましてお話しすると私の同級生で当時先生が顧問をしておられた野球部の部員をすべて覚えておられました。調子に乗って私が得意の昔のことを覚えているで夏の林間学校のことなどをお話ししますと、これも先生は覚えておられました。みんなビックリ!
当時新採用で本当に燃えておられたことがわかる光景でした。また先生はこのブログも見ていただいてるそうで本当に光栄です。
お話していると西中のK校長先生も北中のH校長先生も私が昔いじめられっこだった体験をお話しすると、お二人とも今問題になっていることに対して、本当に真摯に考え取り組んでおられる姿を拝見して非常にうれしくなりました。
同窓会は、これからを担う生徒の成長のために学校、PTAと協力して色々とやっていきたいですね。地域の学校が良く成ることは、地域・まちが良くなると確信します。いつまでも活発な同窓会でありたいものです。