いつか通らねばならぬ道
昨日は中村勘三郎さんの突然の訃報でテレビでも一日中、そのことに関する報道をやっていました。油甚さんの記事にもありますように、本当に惜しい人を亡くしたものです。
私は山組ではありますが、そんなに歌舞伎に興味がないので、勘三郎さんが、どれくらいの人財であるのかピンとこないのですが、プロ野球なら王や長嶋、イチロー、サッカーなら三浦知良くらいが失われたようなものでしょう。それにしても57歳というのは若いですね。
さて、歌舞伎に限らず落語など日本の芸を代表するものは、その役者などが成長していくと名前が良く変わります。よく、何代目勘三郎とか勘九郎など。大相撲でも行事が何代目木村庄之助などといいます。ただ歌舞伎界は親子で偉大なる名前を受け継がれることが多いですね。
宿命のような名前の襲名。本当に大変だと思います。特に親が優れた人物であればあるほど。
テレビで放送された長男勘九郎と二男(名前忘れました)の京都南座での口上挨拶。涙ながらの素晴らしい口上でした。
勘三郎さんも若くして父親の先代勘三郎を亡くされたみたいですが、先代の名前を汚さないどころか、独自の勘三郎の人生を送られて・・・。
大抵の人間は、事故や病気でもない限り、両親が先に亡くなります。私たちのような小さな商業者は親の後を継いだ場合はこの勘三郎さんほどではないにしろ、家のことだけではなく自身の仕事に関しても親が亡くなった時は色々と思うことがあるのではないかと思います。中には「(家族としては当然生きていてほしいけど)商売としてはもう少し早く死んで欲しかった。」と思うこともあるかもしれませんがね。
親が亡くなるという、いつか必ず通る道をどう通過するのか、人生にとって大切なことだと思います。
親父が亡くなって7年余り。今回の事業であらためて本当に親父の偉大さがわかってきた気がします。
親父がにこっと笑って迎えてくれる人生を歩みたいものです。