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木之本地蔵縁日と夏中さん

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 先日の火曜日、少し遅くなりましたが木之本地蔵の縁日に行ってまいりました。幸いにも近くに妻の親戚があり、そこに車を止めさせてもらい、お参りをしてから縁日を見物してきました。遅かったのでゆうこりんさんががんばっておられるところへは寄りませんでしたが(ごめんなさい)、改めて木之本の人たちのすごさを垣間見た気がします

 

 

 よく長浜の夏中さんと比較されるのですが、露店の数などは、はるかに縁日の方が多いです。以前は夏中さんは2週間ぐらいありましたが今では7月の最初の木曜から日曜(木曜が6月末の場合もあります)までの4日間で縁日と日数は同じです。

 

 縁日は露天商の数も多いですが地元のお店も非常に頑張っておられます。禄兵衛さんや富田酒造さん、つるやさんなど今のっている店はもちろんのこと、その他も地元の人が一致団結して頑張っておられます。実際に店をしていない人も老若男女、皆が仲間で楽しく(お叱りを受けるかもしれませんが)やっておられる気がします。

 

 夏中さんでよく問題になるゴミもいくつか捨て場所があり、係の人がついて分別しておられるようです。だから何か非常にいい雰囲気がありますね

 

 ただ二つで一番根本的に違うのは、お参りをするところが縁日は会場内にあるのに対し夏中さんは離れてしまっているということです。これは大きなことのような気がします。

 

 縁日というのは門前、つまり、お寺や神社の行事によって、そこでお参りに来る人を狙って露天商が店を並べるところが原点です。やはりお参りというものが大切なのかなと思います。

 

 木之本は地蔵さんを中心にTの字に並んで道幅も広く非常にいい縁日になっていますね。夏中さんも本当は大通寺から表参道に延びて大手門通り商店街~豊国神社となるといいのでしょうけれど、今は町の様子が変化して非常に難しくなっています。

 

 それでも木之本の人たちは素晴らしいですね。見習いたいものです。

 私たちもアートインナガハマや着物園遊会など続きますが今一度、原点を見直して頑張りたいものです。

 

 

 

 

高校野球と終戦の日

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 八幡商業、残念でしたね。49年振りの因縁の試合であった栃木代表の作新学院といい試合をしたのですが、3-6で残念ながら負けてしまいました。これで栃木県との対戦は2勝2敗1引き分けとなりました。

 

 因縁の試合というのは両校は昭和37年の選抜で対戦。延長18回を戦い0-0で引き分け再試合となり、翌日は八商が0-2で敗れました。勝った作新はその後、初の春夏連覇を達成します。

 

 八幡商業はこの試合ようやく得点を入れたのですが終始向こうのペースだったようです。実は起き損ねて墓参りが遅れ試合はラジオで聞いていました。解説者は「この上ない素晴らしい試合。」と絶賛していました。

 32年前の今日は亡くなった作詞家の阿久悠さんが最高試合といった星陵(石川)-簑島(和歌山)があった日なのです。49年前(私は生まれたばかりなのですが)のことと重なり、何かいい試合が出そうなとテレビで試合前に言っていましたね。

 

 さて話は変わりますが昨日は終戦記念日でした。甲子園は正午になると必ず黙とうをささげます。本当に野球ができる幸せをこの時、皆がかみしめるのではないでしょうか。

 全国戦没者慰霊式に出席する遺族のほとんどが70歳を超えました。「親も戦争を知らない世代」が社会の中枢を担うようになってまいりました。ある意味大切な時期だと思います。

 

 私の両親は戦争を知っています。戦場には行っていませんが空襲を受けたり米原の干拓地(今のエクシブあたり)で干拓作業をしたり、甲津原に植林をしたりと、よく父から聞かされたものでした。私より5年くらい若いと親が戦前生まれでも赤ん坊の時で記憶にないという方が多くなりますので親から実体験を聞かせてもらえるのは私たちの世代が最後ということになります。

 

 中学時代にSirMurai先生が親から戦争の話を聞いてくるようにと言われ、社会の時間にみんなが発表し合ったことがあります。

 

 私は父が機銃放射を浴びたことを言いました。父はもちろん他の同級生たちもよく大丈夫だったなと思います。その他の発表の中には、ある生徒のお父さんが長崎原爆投下の2時間前に長崎を離れたというのもありました。それにしてもこういう体験の発表会ができたのも私の世代が最後のほうだと思います。

 

 私たちの世代の責任は重大だと思います。戦争のない世の中を作るためにマスコミの情報操作に惑わされない心がけを作っていきたいものです。

 

 

八幡商業すごい!滋賀県、東京に初勝利

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 今日はびっくりしました。「八商どうなったかな?」と仕事が一段落ついたところで部屋にテレビを見に行きました。

 つけましたら試合後のインタビューの風景が。八幡商業のユニフォームの選手です。「どちらかな(勝ったのか負けたのか)?」と思ったところでテレビから「帝京の前田監督の談話が入りました。」談話は負けたチームのこと。「勝ったのかな?」と思っていたら「高校野球のむずかしさ・・・。」と談話が紹介されまして。 勝利を確信しました。今はデジタル放送ですからデータ放送を見ますと9回1アウトからヒットを連発。初戦に続く満塁ホームランで逆転ですから。すごいですね。

 

 データ放送をよく見ると八幡商業は8回まで2塁も踏めなかったんですね。9回1アウトから奇跡が起こったんですね。

 

 これでうれしいことに滋賀県勢は東京に甲子園初勝利です。

 

 過去は春夏合わせて8回くらい対戦していると思うのですが、すべて東京勢が勝っていました。主なものでは昭和52年選抜で伊香が前年夏の優勝校・桜美林に延長12回の末敗れた試合を覚えています

 

 その他の私の記憶では

昭和55年夏の準決勝で瀬田工業が荒木大輔が1年生のときの早実に完敗。

2001年の夏、近江が準優勝しましたが決勝で日大三に惜敗

翌2002年初出場だった光泉が帝京に負けましたね。

その他でも近江が一度、早実に完封負けしています。

 今日で滋賀県勢は春夏通算41勝目だそうですが(ちなみに湖北は1勝(長浜)だけで敗戦は77あり、うち湖北は伊香が5、長浜が1敗、長浜北が2敗 )。愛知の中京大中京なんぞ120勝ですからすごいですね。

 ちなみに滋賀県の学校で甲子園で勝ち越しているのは甲西1校だけです。

 

 それにしても昨年の北大津に続いて大会2勝目。それも苦手の都道府県に勝ったのですからうれしいですね。

 次は栃木県の作新学院。八幡商業は昭和37年の選抜ベスト8でその年春夏連覇を果たした作新学院と対戦。延長18回引き分け再試合(0-0)となり、再試合では0-2で敗れました。つまり対作新学院27回連続無得点中ということ。

 ただ、滋賀県は最近は栃木には勝っているんではないかと思います。

 さてどうなるのかな、16日が楽しみですね。

 

 

 

 

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