忌野清志郎
テーマ:花と音楽
2009/05/05 20:33
世間は大型連休とかゴールデン・ウィークなどといって、長い休みですね。
でもなぜかまったく関係ありません。
というより、いまが野菜苗などのピークで、さらにこの週末には「母の日」です。
たぶん、このまま来週まで休みはないでしょう。(^^;
ところで、そんなこんなでバタバタしていたら、悲しいニュースが飛び込んできましたね。
70年代のはじめごろ、グループサウンズのブームが去り、またフォークが人気を集め始めました。
それまでのキャンパス・フォークのような、お坊ちゃま系ではなく普通の学生、というより少々貧しい系の学生が、自分たちの言葉で自分たちの生活を歌い始め、それが人気になっていったんですね。
70年代フォークは、そういったことから4畳半フォークなんて言う呼ばれ方もしました。
そんな70年代フォーク・グループのひとつだったのがRCサクセションでした。
当時の代表曲は「ぼくの好きな先生」です。
あまり大きなヒットにはなりませんでしたが、ほかのグループにはない、独特の世界が・・・というより、匂いがあったという気がします。
その後RCサクセションは、なかなかヒットにめぐまれず、音楽性も大きく変わっていきました。
70年代の終わりごろになると、もうフォークではなくロックでした。
80年ごろだったかな、あの名曲「雨上がりの夜空」が出てきたとき、それが一気に開花しました。
そんなRCサクセションのリーダーの忌野清志郎が星になってしまいました。
同世代のアーティストが亡くなってしまうのは、つながりも何にもないのですが、なんか寂しいですね。
特に好きだった曲です。
トランジスタ・ラジオ
でもなぜかまったく関係ありません。
というより、いまが野菜苗などのピークで、さらにこの週末には「母の日」です。
たぶん、このまま来週まで休みはないでしょう。(^^;
ところで、そんなこんなでバタバタしていたら、悲しいニュースが飛び込んできましたね。
70年代のはじめごろ、グループサウンズのブームが去り、またフォークが人気を集め始めました。
それまでのキャンパス・フォークのような、お坊ちゃま系ではなく普通の学生、というより少々貧しい系の学生が、自分たちの言葉で自分たちの生活を歌い始め、それが人気になっていったんですね。
70年代フォークは、そういったことから4畳半フォークなんて言う呼ばれ方もしました。
そんな70年代フォーク・グループのひとつだったのがRCサクセションでした。
当時の代表曲は「ぼくの好きな先生」です。
あまり大きなヒットにはなりませんでしたが、ほかのグループにはない、独特の世界が・・・というより、匂いがあったという気がします。
その後RCサクセションは、なかなかヒットにめぐまれず、音楽性も大きく変わっていきました。
70年代の終わりごろになると、もうフォークではなくロックでした。
80年ごろだったかな、あの名曲「雨上がりの夜空」が出てきたとき、それが一気に開花しました。
そんなRCサクセションのリーダーの忌野清志郎が星になってしまいました。
同世代のアーティストが亡くなってしまうのは、つながりも何にもないのですが、なんか寂しいですね。
特に好きだった曲です。
トランジスタ・ラジオ